どれだけ大きなニュースになったとしても、交通死亡事故は「人ごと」なのだろうか。 「弟が事故死するまで、私もそうだった」。大分市の時速194キロ交通死亡事故の被害者遺族、長(おさ)文恵さん(59)は今年3月、大分県庁で開かれた講演会に招かれ、約70人の聴衆に向かって率直な思いを語った。 突然の訃報を遠く離れた県外の自宅で知った。急いで帰郷し、実家の弟の部屋に駆け込むと、脱いだスエットが目に入った。もう誰かが着ることはない。「戻ってこないんだな」。急に全身の力が抜け、床に座り込んで号泣した。 後日、救急搬送された弟が名前を言えず、うめき声だけを上げたと、警察署で聞いた。 苦しかっただろう―。その場で泣き崩れた。 事故が起きたのは、4年前の2021年2月9日午後11時ごろ。現場は大分市大在の通称「40メートル道路」と呼ばれる港湾道だ。 長さんの弟、小柳憲さん=当時(50)=は職場の鉄鋼関連会社を退勤し、乗用車で同市坂ノ市南の自宅に向かっていた。交差点を右折する際、対向車線を直進してきた乗用車が猛スピードで突っ込んだ。 激突の衝撃でシートベルトがちぎれ、小柳さんは車外に放り出された。大腿(だいたい)骨の粉砕骨折や骨盤骨折の重傷を負い、出血性ショックで約2時間半後に亡くなった。車は原形をとどめないほどに破壊されていた。 加害ドライバーの男(23)は当時19歳だった。運転していた外国製スポーツカーの記録装置を県警が解析すると、事故を起こした際の時速は「194・1キロ」と判明。法定速度(時速60キロ)の3・2倍を超えた。 納車から事故までの約1カ月半の間に、事故現場付近で時速150~200キロのスピードを何度も出していた。「加速する感覚」を楽しんでいたという。 事故から数日後。スマートフォンを眺めていた長さんは、ある記事に目をとめた。 三重県津市で時速146キロの車がタクシーに激突し、5人が死傷した事故の判決を伝えていた。名古屋高裁は「危険」運転致死傷罪の成立を認めず、罰則の軽い「過失」運転致死傷罪を適用した―という。 「こんな速度を出して過失だなんて…」。大切な人を失った遺族の失望は痛いほどに想像できる。 ただ、自分たちも法に翻弄(ほんろう)されることになるとは、そのとき思いもしなかった。 × × × 大分市で時速194キロの車が起こした交通死亡事故は、危険な運転を裁く法律が時に、常識とかけ離れた判断をもたらす現実をあらわにした。法改正の議論が本格化する中で、被害者遺族が過ごした苦悩と希望の4年間をたどる。
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