税理士と並んで、パソコンの画面に映る数字の羅列を睨(にら)む。状況は少しずつ良くなっている。けれど創業期の赤字の名残がいまだに影を落としていて、数字ほど良くなった実感はない。
「削れる経費は……」「難しいですね」「やっぱり、売り上げを立てないと」
売り上げを立てるには、人手がいる。人を増やすには、お金がいる。同じところをぐるぐるするばかりの話を、もう何度繰り返しただろう。
私の世界は今、狭くて息苦しい。
福祉事業を行う株式会社の代表を引き継いで、一年半になる。はじめから思い描いていた道ではない。生きていくために目の前にあった必要をとにかくこなそうとしているうちに、巻き込まれるようにして始まったことだった。
「私のことは私が決める」。障害者運動のスローガンに憧れて自立生活を始め、ずっとそう誓って生きてきた。その言葉は私の背骨だ。
経営の場で決めることは、もう私のことだけではない。その先には職員の暮らしがあり、利用者さんの毎日がある。どの判断も、十分な材料がそろうまで待ってはくれない。自分が傷つくだけなら耐えられる。失敗しても、勉強になったな―と思うだけだ。でも判断ひとつで、多くの人を傷つけてしまうかもしれない。すべてを知ったうえで判断できることなんて、私にはひとつもないのに。
「決める」ことは他者を巻き込む。かつて自分が巻き込まれたように、今度は私が誰かを巻き込んでいる。そのたびに、私は少しずつ私でいられなくなる。私が決めたことに私は縛られる。自由の証(あかし)だった言葉が、いつのまにか重石(おもし)のようにのしかかっていた。
そんなある日、とある喫茶店で人と話していた。創作について語り合える知人だ。別の話の流れだったが、その人はふと言った。
「知ってることよりも、知らないことのほうがたくさんあるからね」
頭ではとっくにわかっているようなことだ。
しかし、改めて彼から差し出された言葉に、私ははっとした。風がさらりと吹くようだった。久しぶりに、新鮮な空気を吸えた気がした。
視野狭窄(きょうさく)に陥っているのだと思う。絶望とは「未来は良くなるはずがない、私はそれを知っている」という確信だ。「知らないことのほうがたくさんある」という事実は、絶望の前提を底から揺るがしてくれる。
もっともそれは救いであるとともに、足場のなさでもあった。決める側にいる誰もが、知らないことを抱えたまま、今日も何かを決めている。すべてを知ることなど一生できない。
ただ、その足場のなさを引き受けることが、今の私にできる、たったひとつの「私のことは私が決める」ことなのかもしれない。
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自身の経験から生きることや生きることのつらさについてエッセイや詩などの文章で表現し、講演している豆塚エリさん。日々の暮らしの中で揺れ動く思いを伝えます。随時配信。
まめつか・えり(詩人・エッセイスト)。1993年愛媛県松山市生まれ、大分県別府市在住。16歳の時に自ら命を絶とうとして頸髄(けいずい)を損傷し、車椅子で生活している。著書『しにたい気持ちが消えるまで』(三栄)。NPO法人こんぺいとう企画理事長、株式会社kokoyori代表取締役として訪問介護と就労継続支援B型事業所を運営。全国で自殺予防や人権啓発について講演を続けている。