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202049日()

学ぶ、伝える、命を守る 阪神大震災25年

 神戸市長田区の大国公園に焼け焦げた跡が残るクスノキがある。阪神大震災の傷痕だ。「阪神・淡路大震災10年」(震災10年市民検証研究会編)によると、地震後に発した火は東から西へと広がり、商店街を焼き尽くして公園に迫った。そこは避難してきた住民であふれていた。
 ついに火は公園のクスノキに襲いかかった。クスノキは懸命にこらえた。体中の水分を火のそばに集め、目に見えない樹液のベールで格闘を続けた。そして延焼を食い止め、公園の人々と西側の住宅を守ったという。専門家は「典型的な樹木による焼け止まり」と評価した。
 1995(平成7)年1月17日午前5時46分、明石海峡付近を震源地とするマグニチュード(M)7・3の地震が起きた。阪神大震災である。当初は当時の地震計で観測できる最大震度6が発表された。その後、現地調査から、神戸市東灘区から須磨区までの六つの区と西宮市や宝塚市、淡路島北部地域は観測史上初の震度7として修正された。6400人を超える住民が命を落とした。
 あれから25年。神戸市内で当時の様子を物語るのは冒頭のクスノキのほか、崩壊した波止場の一部が保存されたメリケン波止場のメモリアルパークがある。だが、被災地では震災経験のない人が半数近くにおよび、大震災の風化が心配されている。震災の実相を伝え、復興に取り組むとともに教訓をどう伝えていくか。それは内に閉じこもることなく、他地域へと情報を発信することでもある。地震だけでない。風水害などの災害多発時代を迎え、それこそ国内外の防災・減災対策に生かしていくことが求められている。
 震災後の2002(平成14)年、市内に建設されたのが「人と防災未来センター」だ。兵庫県が設置し、公益財団法人が運営する。震災を後世の人たちに伝え、実践的な防災研究や人材育成を推進している。来館は年間50万人を超え、小、中、高校生が半数以上を占める。ボランティアが展示を解説したり、語り部として協力する。出張して研修会を開くことも多く、県内でも昨年、市町村長らを対象にしたトップフォーラムを開き、首長自らがワークショップを通して災害対策を学んだ。
 阪神大震災の特徴は、人口と建物が集中する都市で起きた直下型地震だったことだ。多くの建物が倒壊し、住民の大半が圧死した。直後に火災が発生し、建物が燃え続けた。冒頭の火災はその様子である。一方で、救助における住民同士の助け合いが注目された。震災後のボランティアの活動も象徴的である。
 教訓は多い。(1)日頃からの災害への備え(2)初動体制(3)住民の助け合い・地域防災力(4)防災関係機関の連携(5)建物や道路など構造物の災害に強いまちづくり―などだ。今ではいずれも「当たり前」のことだが、そのことを強く実感するには大きな犠牲を強いられた。
 地震は南海トラフ大地震だけではない。どこで起きるか予測できない直下型地震もある。そして、近年多発する風水害もある。いずれも油断大敵である。日頃からの備え、命を守ることを忘れてはならない。
2020年1月17日

論説

 

 新聞ジャーナリズムの真骨頂が「論説」です。朝刊2面に掲載。現代社会が抱える広範囲な問題を真正面から捉え、公正な目で、批判すべきは批判して警鐘を鳴らします。少々硬く長い文章ですが、じっくりと読み込むことで物事の本質をしっかり見極めることができます。明日を考える指針の一つにしてください。

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