『歩道橋シネマ』恩田陸著 作家の脳内から噴出する光

 多幸感。この一冊は、多幸感のかたまりである。この四角くて分厚い紙の束を、枕元に、あるいはカバンの中に、いつも手の届くところに置いて、あるときはみっちりと、あるときはちびちびと、味わいながら暮らした時間たちの、なんと幸福だったことか。いくつもの文学賞をとり、映画やドラマや舞台になった作品は数知れず、最近では『蜜蜂と遠雷』の本屋大賞受賞と映画化が話題になったばかりの超人気作家が、18もの短編を集めた一冊を出したのだ。

 読み始めてほどなく、読み手はのけぞることになる。へええ、あの人はこんなこと考えながら暮らしてるのか!と。胸にずっしり残る作品もあれば、まるで発想のメモ書きみたいに、ページをめくるやいなや幕切れを迎える作品もある。私たちとはかけ離れた世界を描いたファンタジーもあれば、幾年か後に私たちの前に広がっていそうな風景を描いたものもある。向こう岸とこっち岸を、あっちゃこっちゃに振り回されながら思う。ああ、幸せだ。作家の脳内をこんなふうに、自由に伸びやかに垣間見ることができるなんて。

 彼女はヒット作を連発したからといって、小さな発想をただただ殴り書いたりはしない。短編のひとつひとつには、必ず何らかの謎が丁寧にひそませてある。最後には必ず何らかの着地と余韻が待っている。……おおおー、と息をつく。顔を上げて、まばたきをいくつか。そして、また次の一枚をめくる。その繰り返し。食べ放題なんかじゃなくていい。ちょっとずつでいいから、ちゃんと作られたものを、大切に食べたい夜があるのだ。

 それでいて、ああ、思いついちゃったんですねオンダ先生!みたいな瞬間もある。例えば、「天岩戸伝説」の真実を想像した一編。「クリスマス」の未来を夢想した一編。なんだかもう、どんどん愛しくなってくる。恩田陸という作り手が。さらには、「作家」という人種のすべてが。

 あの人たちはこうやって、何を目にしても、いつもいつも、脳内の何かと化学反応させて、物語の種を拾っては蒔いている。そっとあたためておくものもあれば、大いにふくらませるものもある。そのひとつひとつが、いちいち、人間への興味と人間愛に満ちている。さらにそこへ巧みな罠や仕掛けや、磨き上げた技巧を張りめぐらせては私たちを魅了してくれる。私たちは、それを、ただ読んでいればいいのだ。なんて幸福なことだろう。何で報いたらいいんだろう。簡単である。次も、読み続けることだ。

(新潮社 1600円+税)=小川志津子

2019年12月13日

新刊レビュー

本の世界へようこそ!注目の一冊を、やさしく厳しく批評します。

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