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「リレーコラム」J1鹿島からトゥールーズへ移籍

フランスで新たな挑戦の昌子源



 J1鹿島で数々のタイトル獲得に貢献してきたDF昌子源が海を渡った。

 新天地となるフランス1部リーグ、トゥールーズの公式サイトには、彼が新たな挑戦への意気込みを述べる動画がアップされている。高揚感とともに、落ち着きと自信も感じさせるいい表情に見えた。

 大きな転機となったのが昨夏のワールドカップ(W杯)ロシア大会だった。日本の主力組でただ一人のJリーガーとして活躍し、鹿島の鈴木満強化部長は「海外からオファーが来てしまうのは覚悟した」という。

 予想通り、大会後に複数のオファーが届いたが、説得を受けた昌子はアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)初制覇を目指していたチームに残留。見事にアジア王者となり、冬の移籍期間に向けて再オファーを提示してきたトゥールーズに送り出された。

 W杯では悔しい幕切れを味わった。初の8強入りを懸け、ベルギーに挑んだ決勝トーナメント1回戦。2―2で迎えた後半ロスタイム、電光石火のカウンターを浴びて痛恨の逆転負けを喫した。

 CKで攻め上がっていた昌子は必死に帰陣し、最後は精いっぱい足を伸ばして滑り込んだが、わずかに届かなかった。

 ピッチをたたいて悔しがった姿は、ショックの大きさを象徴する場面として日本中のテレビに映し出された。

 GKクルトワがキャッチしてから、わずか12秒後の決勝点。脳裏に焼き付いた残像を拭いきれずにいた昌子だったが、代表の大先輩にかけられた言葉で再び前を向くことができたという。

 磐田とのアウェー戦に遠征した時のこと。相手の名波浩監督に呼び止められ、こう告げられた。「あれが世界のカウンターだな。ただ、おまえは全力で戻った。あの姿がこれからの日本を変えると思う。あのシーンを絶対に忘れるな」。かつて日本の10番を背負ったレジェンドの熱弁に心が奮い立った様子を、昌子もまた熱っぽく語ってくれた。

 兵庫県出身。G大阪のジュニアユース時代は芽が出ず、鳥取・米子北高時代にFWからDFに転向した。

 インターハイでの活躍などから2011年に鹿島入りを果たしたが、当時もさほど注目される存在ではなかった。

 182センチの身長はプロの世界では決して大きくない。入団当初の紅白戦では、FW興梠慎三(現浦和)を全く止められず衝撃を受けたという。

 それでも、日々の練習で地道に1対1の対応力を磨いて頭角を現し、2015年に日本代表として国際Aマッチ初出場。17年シーズンからは鹿島でキャプテンマークを巻く機会も増え、ピッチに大声を響かせてチームを後方から支えていた。

 初めての海外移籍に際し、欧州組の先輩たちに助言を求めたエピソードが面白い。

 フランスでプレーするGK川島永嗣(ストラスブール)に生活面で必要なものを聞くと「気持ち、としか返ってこなかった。歯ブラシとかそういうことを言ってほしかったのに」と苦笑い。

 一方、長くドイツで活躍した鹿島のDF内田篤人からは「炊飯器だけは絶対に持って行け」と実用的なアドバイスをもらった。

 現地の生活に慣れるまでは妻子を日本に残し、一人暮らしをする予定だという。

 トゥールーズは通訳を手配してくれたそうだが、異国ではピッチ内外でさまざまな苦労に直面することだろう。

 「しばらく妻と子どもに会えないのは寂しい」と言って旅立った昌子にとって、腹と心をほっこり満たす持参の炊飯器が当面の相棒となりそうだ。

石井 大輔(いしい・だいすけ)プロフィル

東京都出身。2006年共同通信入社。名古屋支社、仙台支社を経て11年12月から本社運動部でサッカーを担当。慶大時代はボート部に所属した。

2019年1月9日

スポーツリレーコラム

共同通信記者たちが見たスポーツ界の裏側をお見せします。

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