10月11日午前10時、佐伯市の佐伯市総合運動公園。第45回大分国際車いすマラソン(11月15日・大分市)に向けた練習会が始まった。
「ファースト・チャレンジ・アシスト(FCA)」と呼ばれる制度をご存じだろうか。車いすマラソンに初めて挑戦する人を対象に、競技用車いす(レーサー)の貸し出しから、大会への参加方法、ベテラン選手による技術指導まで、幅広く支援する仕組みだ。
今年の制度利用者は15人。県内4人、県外11人で、この日の練習会には6人が参加した。さらに、22年ぶりに大会出場を目指す選手も特別参加した。
今回は日程の関係で、NPO法人「キッズスポッチャ」の合宿との合同開催となった。会場には合わせて30人弱が集まり、にぎやかな雰囲気だった。
午前中は大会事務局による説明会。大会当日の駐車場の利用方法や選手のクラス分け、レーサーを使用する際の注意点など、話題は多岐にわたる。
初めて参加する人にとっては、何もかもが未知の世界だ。質問も次々に飛び出す。世界のトップ選手が集う国際大会とはいえ、初参加の選手にとっては、まず当日どこに行けばいいのか、何を準備すればいいのかが大問題なのだ。
昼休みを挟み、午後はいよいよレーサーの調整と実技指導が始まった。
細長い車体に大きな後輪が二つ、前輪が一つ。地面すれすれの低い姿勢で疾走するレーサーは、見た目にも格好いい。
初めて乗り込む参加者たちにも笑顔が広がる。
ところが、その笑顔が消えるまでに、さほど時間はかからなかった。
まず難しいのが、自分の体に合った姿勢をつくることだ。
レーサーは普段使う車いすとは構造が大きく異なる。車体の後方に重心がかかると後ろに倒れやすいため、前傾姿勢を保ちながら、安定して車輪をこがなければならない。
しかも、選手によって体の状態は異なる。足や腰の位置、上半身の傾きなどを細かく調整する必要がある。ぴったり収まる選手もいれば、何度調整しても思うようにバランスが取れない選手もいた。
参加者の一人はこう話した。「ポジションが難しい。膝がずれたり、腰が浮いたりすると、力がうまく伝わらない」
痛みがあるわけではない。自分の力を車輪に伝えるための姿勢が、なかなか決まらないのだという。
そして、姿勢が決まったからといって、すぐに走れるわけでもない。
今度は車輪のこぎ方を覚えなければならない。
普段の車いすなら、車輪の外側にあるハンドリムを手でつかんで回す。しかし、レーサーは違う。厚いゴムや樹脂でできた専用グローブを装着し、車輪の一部に当てて押し出す。
指で車輪をつかむというより、グローブを引っ掛けて、前へ蹴り出すような感覚らしい。
見ている分には簡単そうだが、実際には力を加える角度やタイミングが難しい。左右の車輪に均等に力を伝えなければ、真っすぐ進むことさえできない。
参加者はベテラン選手から、手の当て方や腕の動かし方を繰り返し教わっていた。
練習を始めてしばらくすると、参加者たちの額には汗が浮かぶ。別の一人は「10分座っているのも大変」とこぼした。
普段の車いすとは異なる、足を折り曲げた低い姿勢がきついという。車いすバスケットボールの経験もあるが、手の使い方も違う。
「普段の車いすでは車輪をつかめるけど、レーサーは引っ掛けてこぐ。それが難しい」
車いすに乗り慣れている人でも、レーサーは全く別の乗り物なのだと実感した。
そんな指導の途中、ベテラン選手から声が上がった。
「ロッカク持ってる?」
ロッカク?
一瞬、何かの香辛料かと思った。
もちろん違う。「六角レンチ」のことだった。
レーサーの調整には欠かせない工具で、選手たちは車体のあちこちを緩めたり締めたりしながら、少しずつ自分の体に合わせていく。
ベテラン選手の中には、ポケットからさっと六角レンチを取り出す人もいる。なるほど、レーサーに乗るには、走る技術だけでなく、道具を扱う知識も必要なのだ。
さらに驚いたのが、グローブだ。
市販品もあるが、ベテラン選手の中には、自分の手の形やこぎ方に合わせて樹脂などで加工する人もいるという。
車輪を回すための道具が、単なる手袋ではない。選手の技術を支える重要な競技用具なのだ。
1時間余りの指導を終え、参加者たちは陸上競技場へ移動した。
いよいよ試走だ。
最初から比較的スムーズに進む選手もいれば、左右のバランスが合わず、思うように前へ進めない選手もいた。一方、久しぶりに参加し、ひときわ楽しそうにレーサーをこぐ人も。「本当に来て良かった」との一言が印象的だった。
参加者たちに大会の目標を聞くと、返ってきたのは「まずは完走」という言葉だった。もちろん、簡単なことではない。レーサーの姿勢を保つだけでも大変なのに、その状態で何十キロも走り続けなければならない。今回の練習会を見て、その難しさを改めて知った。
それでも、練習を終えた選手たちの表情は明るかった。
思うように進めず苦戦していた選手も、少しずつコツをつかみ、前へ進んでいく。
車いすマラソンの魅力は、速さや記録だけではないのだろう。
できなかったことが、少しずつできるようになる。昨日まで知らなかった世界に、自分の力で踏み出していく。
そんな挑戦の姿を、間近で見ることができた一日だった。
大会本番まで、あと1カ月余り。
佐伯の陸上競技場で汗を流した選手たちにとって、本当の挑戦はこれから始まる。(衞藤知愛)