大分合同新聞社は創刊140周年を記念して、歴史小説家で直木賞作家の安部龍太郎氏らと、環境問題を考える作文コンクール「地球さんご賞」に取り組みます。過去の受賞作品を、Gateインパクトで順次、紹介していきます。使用している漢字や表現は、作品のまま掲載します。
私はこの夏、瀬戸内海に旅行に行った。瀬戸内海は世界で有数の美しい海域だそうだ。海の透明度は高く、あちこちに小さな島が浮かび、空は青く、私の心も浮き立つかのようだった。しかし、港沿いの海にはペットボトルやお菓子のゴミが浮かんでいた。私はせっかく綺麗な海なのになと残念に思った。その一方で、こんなものかなと当然のように思っている自分がいた。そんなとき、私のすぐ近くで写真を撮っていた外国人の男性が、そのゴミに気付いた。すると、その外国人は靴と靴下を脱いで下に向かっていった。水深は少なくとも三メートルはあり、下に降りるには石垣のような壁を伝う必要があった。周囲がヒヤヒヤしながら見守る中、彼はその壁を掴み、少しずつ海面に近づいていった。そしてゴミに手を伸ばしたが届かず、足を伸ばしてゴミを近づけてゴミを拾った。彼は近くに浮かんでいたゴミを片手で抱えられるだけ拾うと、また少しずつ上ってきた。近くで見守っていたおじさんが、その外国人に「あぶないよ。」と声をかけた。すると彼は「すみません。But,we have to protect this beautiful sea.(でも、この綺麗な海を守らないと)」と語った。私は驚いた。彼も私も旅行者で、彼にとってはおそらく自分の国ですらないのに、他人の落としたゴミを危険を犯してまで拾いに行くのかと衝撃を受けた。私は今までゴミが漂っていることを仕方ないと受けとっていた自分が恥ずかしくなった。目の前の海が汚れていても、どこか他人事だった。だからといって彼のように危険を犯すことが正しい方法とは限らないが、少なくともその風景を「当たり前」と捉えたり、「仕方ない」と諦めてはいけないのだと気付いた。この綺麗な海を守るのは私たちだ。私たちひとりひとりだ。何を「当たり前」にするかによって、行動は変わってくるのだと気付かされた。私は日本の綺麗な海や山や川をずっとずっとこれから先も「当たり前」にしていきたい。そのために自分にできることは、少しずつでも行動していきたい。その後、私は砂浜に落ちていた誰かの花火やお菓子の小さなゴミを、いくつか拾い、自分の持っていたビニール袋に入れた。今までの私だったら目には入っていても、見えていなかったかもしれない。嫌だなと思ってそれで終わりだったかもしれない。だけど、諦めるのはもう終わりにした。本当に小さな一歩だけれど、未来の「当たり前」を作っていくのは今の私たちだと信じて、これからもひとつひとつ行動していきたい。