【Gateインパクト】「あのころに卍固め」スピンオフエッセー 犯罪史に残るスリの大親分「仕立屋銀次」

仕立屋銀次(本田一郎著・中公文庫)

 明治時代の東京に「仕立屋銀次」という、日本犯罪史に残るスリの大親分がいたことを知った。なにかやらかしそうな雰囲気が漂う、ダークな魅力を感じる名前ではないか。「居酒屋兆治」「パーマ屋ゆんた」「大仁田厚」「サマンサタバサ」のようにリズム感もよく、一度聞いたら忘れない。その男のことを知りたいという欲求に駆られ、なにか参考になるものはないかと探していたら、「仕立屋銀次」というストレートなタイトルの本(本田一郎著・中公文庫)を見つけた。つい、夢中になって読んでしまった。

■スリの親分の娘と恋に落ちた人生の転機

 明治時代、多くのスリたちは、親分が取り仕切る「組」のような組織に属していた。その親分の一人が仕立屋銀次だ。面倒見が良く、気前が良く、人望が厚いことで名が売れ、全盛期は500人の子分を抱えていたというからすごい。
 本名は富田銀蔵。東京生まれで、少年時代に仕立屋に奉公に出た。一生懸命働き、独立して店を持った。裁縫の腕がピカイチで、弟子を取るようになり、弟子の中にいた女性と恋に落ちる。2人は事実上の夫婦になったのだが、実は、その女性はスリの親分「清水の熊」の娘。このことで銀蔵はスリ界に足を踏み入れることになる。人生のターニングポイントである。
 仕立屋だったため「仕立屋銀次」と呼ばれるようになった。銀次には「親分」としての才覚があり、人を使うことにたけていた。子分を取り仕切るのが仕事で、自らスリを働いたことはないという。そして銀次は「清水の熊」の跡目を継ぎ、大親分ロードを歩むことになる。

■命の「指」を切り落とす再起不能のおきて

 スリのテクニックは、まるで魔術だ。一種の超能力と言っても過言ではない。一瞬のうちに、対象者の上着のボタンを外し、内ポケットから財布をスるという、考えられない芸当をやってのけるやつがいる。その財布から札を抜き取り、空になった財布を同じポケットに戻すという技もあり、驚くばかりだ。
 ずいぶん前にテレビのバラエティー番組で、スリの技を見せるという企画があった。すれ違いざまに数回ぶつかっただけなのに、ぶつかられた方の男性がワイシャツを脱がされ、スタジオ内が騒然となったのを思い出す。テクニックにはピンからキリまであるだろうが、そのようなすご腕に狙われたら、果たして防げるのだろうかと思う。
 銀次は子分たちに「新橋からハコ(汽車)に乗れ」「てめえは上野からだ」と指示を出す。縁日や劇場など、人混みもかっこうの仕事場だ。銀次のスリ団には盗賊のおきてがあった。子分があがり(稼ぎ)をごまかしたり、ほかの親分と通じていたりしたことがバレたならば、再起不能となるよう処断する。スリの命である「指」を切り落とすのだ。非情なすごみは大親分たるゆえんかもしれない。

■あしき関係性を断つ掃討命令で一気に摘発

 この一大組織をなぜ警察は摘発できなかったのだろうか。当時の警察は銀次一味から「袖の下」を握らされていたという。賄賂のことである。発展途上のいい加減な時代。分かる気がする。さらに、スリたちを情報源として使う刑事がいて、強盗や詐欺の犯人逮捕につなげていたことも。こうしたことがあって手が出せなかったのだ。
 そんなあしき関係性が続いていたのだが、ある日、新潟県知事が、伊藤博文から贈られた家宝の金時計(懐中時計)を東京でスられるという事件が起きた。これをきっかけに、赤坂署の署長が、これまでの関係性を捨てて、銀次のスリ団を掃討するよう命じた。そうなると展開は早い。一気に摘発の手が伸び、ついに銀次は御用となった。
 留置場で覚悟を決めた銀次は、悪事をすべて署長に自白した。少しも悪びれることのないその態度は、大親分の貫禄を見せたと、本書にそう書かれてある。

■防犯カメラがあっても油断は禁物

 11月28日放送の「あのころに卍固め」では、1961年(昭和36年)の別府のスリ被害を取り上げた。そして平成になってからだが、筆者の友人2人がスリ被害に遭っている。1人は海外旅行中に駅でウエストポーチの底を刃物で切られ、パスポートなどを取られた。刃物を使うのもスリの手口の一つだ。もう1人は東京在住の大分県出身者。飲みに行き、帰りの電車内で財布がないことに気付いた。居酒屋の会計時に財布を出し、バッグに入れたことは確認しているので、その後ということになる。ずっと一緒に行動していたが、いつやられたのか見当がつかない。腹が立つ。そして油断は禁物だと、あらためて思う。
 スリ被害は今、どれほどあるのだろうか。以前は大分県内の商業施設などで「スリや置引にご注意ください」という館内放送がよく流れていたものだ。最近は屋内、屋外問わず、あちこちに防犯カメラがあるため、スリはやりづらくなっていると思われる。だが、気付かれないようにこっそりやるのがスリである。悔しい思いをせぬよう、財布や貴重品の管理は万全に。


【あのころに卍固め】
 JCOMの昼の情報番組「ひるドキ!」の金曜日放送のコーナー。大分合同新聞社の公式ユーチューブチャンネル「大分合同新聞oitatvcom」でも同じ内容を配信中。

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