大分市内の商業施設の3階にいたら、フロアの電気が突然消えた。暗くなった瞬間、大勢の買い物客のザワザワした声が広がった。その音に懐かしい感覚がよみがえった。
■ザワザワ感で思い出した小学校の映画教室
1970年代(昭和40年代中盤から50年代中盤)に通っていた小学校で、年1回ほど映画教室が開かれていた。専門の技師が体育館に映写機を設置。膝を抱えて床に座り、上映開始を待っていると、電気がパッと消えて真っ暗になる。そのときの児童らのザワザワ感を、前述の停電時に思い出したのだ。
当時住んでいた街には小さな映画館が一つあったが、上映作品の大半は成人向け映画だった。書道教室に通うときに、ポスターや立て看板がある道を通るため、半分チラリと見ながらドキドキ、半分は目のやり場に困りながら、ぎこちなく歩き去ったものだ。
映画に出かけるのは、小学校の夏休みにその映画館がやっていた「東映まんがまつり」くらいだったので、映画教室はとても楽しみだった。時事問題を取り上げたニュース映画が冒頭で上映されるのが定番。「はだしのゲン」や、タイトルは覚えていないが、重い病気の患者がいる家庭を描いた作品を鑑賞したことを思い出した。そのほかは忘れた。
■空前の人気誇った「東洋の神秘」カブキ
もう一つの懐かしい感覚は、1980年代に米国で火が付き、日本で空前の人気を誇ったプロレスラー「ザ・グレート・カブキ」である。歌舞伎の隈(くま)取りを模したペイントを顔面に施し、黒の空手着風のズボンに地下足袋を履き、正拳突きなどの技を繰り出す。「毒霧」と呼ばれる赤や緑の液体を口から噴射するなど、不気味さも漂う試合運びやパフォーマンスが、全米マット界で「東洋の神秘」と恐れられた。正体は宮崎県出身の高千穂明久だ。大分の隣県だけに親近感が湧いていた。
活躍ぶりは専門誌でしか見たことがなかったが、「逆輸入」という触れ込みで、満を持して米国から凱旋(がいせん)した。その時のことだ。テレビ中継を観戦していたら、試合会場の照明が突如消えた。ザワつく場内。この感覚は、商業施設の停電時に似ている。
豪華な和装に般若面をかぶり、赤くて荒々しい連獅子の髪を装着したカブキが花道に現れると、スポットライトが勇姿を照らし出した。その中で魅せた2本のヌンチャクさばきが圧巻で、小便をしかぶりそうになるくらいシビれた。
巡業先の各地方会場では同じ演出が行われていたに違いない。プロレスは入場も含めて試合であり、入場は大きな見せ場だからだ。
■映画のタイトルか、プロレスの必殺技か
暗い店内に立ったまま、そんなことを無意識に回想していると、明かりがついた。落雷による停電だと館内放送で言っている。耳を澄ますと、ゲリラ豪雨の音や雷の音が聞こえる。ギタリスト・高中正義の名曲「サンダーストーム」が頭の中で鳴り響き、完全に現実に引き戻された。
ほんの数分間だが、少年時代にタイムスリップした感覚だ。この現象を名付けるなら「ノスタルジック・テイデン」である。「映画のタイトルでもいけるし、プロレス技みたいでもあるな」とひそかに笑いながら、買い物を続けた。(文・下川宏樹、イラスト・大塚俊幸)