人間の命、命をつなぐ家族の歴史、戦争で失われる命、助けたい命。「人は生きてこそなんだ」。シンガー・ソングライター蘭華(らんか)は、そんな思いを込めてステージに立つ。デビューから10周年を迎え「何とかここまで来れました」をサブタイトルにした記念ライブを、出身地の中津市で27日に開いた。これまでの歩みを歌声に乗せてファンに届けた。
■中津市の応援サポーター
2015年にメジャーデビュー。翌2016年のファーストアルバム「東京恋文」が「第58回輝く!日本レコード大賞企画賞」を受賞した。この頃から中津市民や在京の大分県人らに名が知れ渡るようになる。2020年発売のシングル「ねがいうた/愛を耕す人」はオリコンランキングで1位に。2023年には3枚目のアルバム「遺書」を発売した。
全国の夜の街でスナックを巡ってミニライブを開く活動を展開し、大分市の都町や鶴崎でも開催実績がある。また、世話になった中津市内の定食店が閉店すると聞くと、東京から駆け付けてその店で感謝のライブを開くなど義理人情にも厚い。このほど、中津市の「なかつ応援サポーター」に就任。母の故郷である島根県の出雲観光大使も務める。
■哀愁の音色と歌でタイムスリップ
10周年記念ライブは中津市宮島町の音楽ホール「リル・ドリーム」であった。この日は夏祭り「中津祇園」の最終日で、快晴の中津市内には祭りの熱気が漂う。真夏の照り付ける太陽があるならば、蘭華は月のイメージだ。
ライブはファーストアルバム収録の「東京恋文」で開演。戦争や紛争のない世界になることを願った「心風景」、大人の恋を描いた「ルージュ」、恩師にささげたデビュー曲「ねがいうた」などを2時間半にわたり、2部構成で歌った。
ほとんどの曲で中国の民族楽器「二胡(にこ)」が伴奏した。奏者は横浜市を拠点に活躍する沈琳(しぇんりん)で、蘭華の音楽には欠かせないパートナーだ。二胡の哀愁漂う音色と蘭華の歌声は、中国・清王朝末期の上海あたりのナイトクラブにタイムスリップしたかのような感覚にさせる。
■親友に返せぬ手紙を曲に
蘭華には親友がいた。しかし、交流サイト(SNS)の誹謗(ひぼう)中傷で自ら命を絶ってしまった。親友は蘭華に宛てて1通の手紙を遺していた。それは遺書だったと蘭華は理解している。「今では彼女なりの愛のメッセージだと思っている。もう彼女に返せない手紙を曲にしました」
ライブが中盤を過ぎたころ、「遺書」という曲の背景を話し、そして歌った。この日のハイライトだ。きっと親友の顔が思い浮かんでいることだろう。歌詞には2度「さようなら」と出てくる。その5文字からは悔しさと悲しさが伝わってくる。蘭華は「自分も同じような被害にあった経験がある」と言う。卑劣な人々がいる限り「命」というテーマを歌い続けるに違いない。
終演が近づき、客席に語りかけた。「苦しんで悩んだことが何度もあった。でも、何とかここまで来ることができました。これからも、ふるさとの皆さんに喜んでいただける歌を届けていきます」。アンコールで新曲「ありがとう」を歌い、デビュー10周年記念ライブの幕を閉じた。(下川宏樹)