飯孝行編著「子どもたちの命と生きる 大川小学校津波事故を見つめて」
(信山社・2860円)
東日本大震災から2年半後の2013年9月、西日本エリアの地方新聞社の仲間たち12人で宮城県石巻市を訪ねた。津波にのまれ、児童と教職員合わせて84人が死亡・行方不明となった大川小学校で黙とうをすることが目的の一つだった。丸みを帯びた造りの、壊れた校舎が残っていた。私たちのほかに人はおらず、風の音だけが聞こえていた記憶がある。目をつむり「どうか安らかにお眠りください」と祈った。
震災当時、新聞社の制作部門の整理部に在籍していた。被害の状況が共同通信社からひっきりなしに入ってきた。発生当日(2011年3月11日)の午後、テレビで津波の映像を目の当たりにし、「想像を絶する」という表現でははるかに及ばない現実に息をのんだ。
大川小学校の惨事は追って知ることになる。津波の到達までは時間があった。それなのに、なぜ学校管理下で児童らが犠牲になったのか。本書には弁護士、学者、新聞記者、遺族ら多くの関係者が寄せた思いと、原告遺族が石巻市と宮城県を相手取った裁判の経緯がまとめられている。
遺族の手記は読んでいてつらい。一部を引用させていただく。「裏山に避難して絶対に助かっているはずだと、学校の対応には何の疑いもなく、むしろ学校にいてくれて助かった、よかったとまで思って安心していました。しかし、山には避難せず、向かった先は三角地帯と呼ばれる河川の堤防でした」
一審の仙台地裁は、教員による避難指示の遅れと、避難先を裏山としなかった現場の過失を認定した。控訴審の仙台高裁は、学校保健安全法で定める危機管理マニュアルが大川小学校になく、児童の安全確保義務を怠った組織的な過失があったと結論づけた。最高裁の上告棄却で高裁判決が確定した。
横幕を広げた原告団の写真が添えられている。そこには「先生の言うことを聞いていたのに」と書かれてあった。心に突き刺さる一言である。
(下川宏樹・大分合同新聞社編集局長)