【Gateインパクト】サラリーマン歩き旅⑬五感の充電

 数年ほど前から、心を整えるエクササイズとして「マインドフルネス」という手法が取り上げられる機会が増えたと思う。今、この身で、感じていることに気づく。心をかき乱しがちな、不安や心配、妄想から距離を置く。そうすることで裸の自分に戻り、日ごろのストレスから解き放たれる。心の中にエナジーがたまってくる。

 私は日常生活で実践できていないが、学生の頃から続けている歩き旅をしている時は、自然とそれに近い状態になる。何しろ、右脚左脚を動かすだけなので、五感が生き生きとしてくる。子どもの頃のように、見えるもの聞こえるものに素朴な驚きや感動を覚えたりする。

 10年ほど前、栃木県は日光の辺りを旅していた時のことだ。人里から少し離れた山間の一本道を黙々と歩いていると、しばらくして雨粒が落ちてきた。やれやれ、仕方ない。ザックから折り畳み傘を取り出し、パッと開いた。

 傘で視界は少しさえぎられる。自然と視線は下を向く。そのまま、何を考えるということもなく両脚を動かす。意識することといえば、傘に触れる雨粒の音ぐらいだ。

 ポツ、ポツ

 鼓膜を軽くくすぐるような振動が、その都度、現れては消えていく。印象というほどの感慨も残らない。不快でもない。大空のどこかで生まれ、たまたま私の差す傘に触れた雨粒の旅路を、ほんのり思い浮かべるばかりだ。

 と、道の両脇に続く林がどこかで途切れた。水を満々と張った田んぼが、目の前に開けた。

 そこここで、小さな波紋が生まれ、音もなく広がっていた。

 鼓膜をくすぐっていた控えめな振動が、今度は瞳を和ませる輪っかに変わっていた。音から、形へ。聴くものから、眺めるものへ。美しいものは、姿を変えるのか。素晴らしいと思った。

 ポツ、ポツを感じて歩いた一本道も、小さな波紋たちが遊んでいた田んぼも、名のある所ではない。だが自分にとっては、五感をよみがえらせてくれた特別な場所として今も心の中に残っている。当時鼓膜で感じた振動、その後に瞳で楽しんだ波紋たちは、これからも忘れることがないと思う。

 歩き旅は、自然と心をマインドフルネスの状態に近づけてくれる。五感を充電してくれる。それだからか分からないが、毎年どこかで体がうずきだし、促されるように旅に出ている。

 (旅師X)

~いったん休足。また歩きます~

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