【問う 時速194km交通死亡事故】遺族「非常に大きな前進」 長引く裁判、改善に期待

法案成立後、記者会見をする長文恵さん(左)と佐々木多恵子さん=25日、東京

 猛スピードの死傷事故に厳正な処罰を科すことになった。25日の国会で導入が決まった危険運転致死傷罪の「数値基準」。議論を巻き起こしたきっかけの一つは、2021年2月に大分市で起きた時速194キロ死亡事故だった。遺族の長(おさ)文恵さん(60)は「非常に大きな前進。私たちのように、何年間も苦しみ続ける遺族は少なくなる」と歓迎した。
 25日午後1時25分。数値基準を盛り込んだ自動車運転処罰法改正案が採決されると、衆院本会議場に出席議員から「異議なし」の声が響いた。
 全会一致で可決された瞬間を長さんは傍聴席で静かに見つめた。
 23年7月に発足した「高速暴走・危険運転被害者の会」の共同代表を務め、「失われた弟の命が何かにつながっている」との思いで法改正を求めてきた。
 現行の「進行を制御することが困難な高速度」の解釈を巡る刑事裁判は、事故から5年半近くがたった今も終結していない。立証のハードルが高く、捜査機関や裁判所の判断がたびたび揺らぐ現実を見てきた。
 この日、成立した数値基準は「一般道で最高速度50キロ超過」。長さんは「この基準があれば、裁判がこれほど長引くことはなかった」と感じている。
 本会議の傍聴席で隣に座ったのは、もう一人の共同代表で、23年2月に宇都宮市で時速160キロ超の車が起こした死亡事故で夫を亡くした佐々木多恵子さん(61)。大分の事故と同じように「制御困難な高速度」の成否が争点となり、刑事裁判は一審すら始まっていない。
 本会議閉会後、2人は衆院第1議員会館で記者会見に臨んだ。
 「国民の意見が反映された。被害者にとって意味のある法律」と評価しつつ、スマートフォンを操作する「ながら運転」が漏れた点などにも触れた。「声を上げられる被害者や遺族ばかりではない。国が今後、検討するべきことはたくさんある」と語った。

■「司法に泣くケースが少しでも減れば」
 現行の危険運転致死傷罪に振り回された交通事故の被害者遺族は全国にいる。東京・葛飾区の波多野暁生さん(48)は事故遺族として唯一、法制審議会(法相の諮問機関)の議論に加わり、法の見直しを強く訴えてきた。25日の衆院本会議で成立を見届け、「全ての事故を救えるわけではないが、被害に苦しみ、司法に泣くケースが少しでも減ればと思う」と語った。
 波多野さんは2020年3月、赤信号無視の車にはねられ、一緒に横断歩道を歩いていた長女耀子(ようこ)さん=当時(11)=を亡くした。
 加害ドライバーは停止線の28メートル手前で赤信号を認識しながら、時速57キロで交差点に突っ込んでいた。「赤信号を殊更に無視する運転」は危険運転罪の処罰対象だが、担当の副検事が「過失運転」で捜査しているようにしか見えなかった。
 波多野さんは疑問をぶつけ、弁護士に相談して検察側に意見書を何度も出した。最終的に危険運転罪で実刑判決が出たが、「耀子の命を考えると、このまま黙っていられなかった」。
 専門書や裁判例に目を通し、「条文が曖昧で捜査機関が判断に迷っている」との考えに至った。裁判が終わった22年春以降、多くの国会議員や刑法学者に手紙を送り、放置できない問題だと訴えた。「交通事故は昔より減った」「ぜひ社会問題にしてほしい」といった、人ごとで、通り一遍の返信に怒りが沸いたこともあった。
 そんな中、大分市の時速194キロ死亡事故や宇都宮市の時速160キロ超の死亡事故で危険運転罪の分かりにくさがクローズアップされ、潮目が変わった。
 地元の葛飾区を選挙区とする自民党の平沢勝栄衆院議員(80)が波多野さんの働きかけに応じる形で、23年10月、党内に実態調査のプロジェクトチームをつくった。
 波多野さんは24年から2年間にわたり、法務省有識者検討会と法制審で委員を務め、遺族の声を国に届けた。法務官僚、刑法学者、法曹三者ら「法律のプロ」を相手に感情をこらえ、対話を心がける「孤独な闘い」が続いた。
 数値基準は大きな一歩だと受け止めているが、充実感や達成感はない。「改正はあくまで節目。現場で法が機能していくのかを見ていかないといけない」

■国民の疑問に応えた立法
 自動車運転処罰法の改正に絡み、危険運転致死傷罪に詳しい東京都立大の星周一郎教授(56)=刑法学=に話を聞いた。
 ―法改正の評価を。
 「適用要件が不明確ではないかという国民の疑問に応えた立法。その意味で、評価できる。ただ、この数値基準の導入だけで、処罰するべき事故を過不足なく拾えるかどうかは分からない。施行後の状況を検証する必要がある」
 ―速度とアルコールの数値基準は妥当か。
 「これを満たせば全て危険運転致死傷罪で処罰する数値なので、高く設定されたのはやむを得ない。施行後、適用件数が大きく増えるとは思えないが、なぜこの事故が危険運転じゃないのか―といったニュースは減るとは思う」
 ―今後の課題は。
 「速度が数値基準の境界付近だと、速度鑑定の正確性や車のEDR(記録装置)の誤差が裁判の争点になるだろう。飲酒ではドライバーが呼気検査を拒否したり、ひき逃げが増えたりすることもあり得る。捜査現場は立証方法を含めて実務を積み重ねる必要がある」

<メモ>
 時速194キロ死亡事故は2021年2月9日午後11時ごろ、大分市大在の一般道(法定速度60キロ)で発生した。当時19歳だった男(25)は、乗用車を時速194キロで走らせ、交差点を右折してきた乗用車に激突。運転していた同市坂ノ市南、会社員小柳憲さん=当時(50)=を出血性ショックで死亡させた。24年11月の一審大分地裁裁判員裁判は危険運転致死罪で男に懲役8年の判決を下した。二審福岡高裁は今年1月22日、一審判決を破棄。過失運転致死罪に変更し、懲役4年6月に減刑した。検察側が最高裁に上告した。

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