AI(人工知能)開発競争で先頭グループを走る〇×大学の山田教授は、ユニークなソフトを生み出した。
バーチャル有名人出現機。
古今東西の文化人、経済人、アスリート、ロビイスト。名のある人物であれば、本人がスクリーン上に登場し、本物さながらの立ち居振る舞いや発言をしてくれるというスグレモノだ。関係する文献や映像、伝聞などあらゆるデータを内蔵しており、迫真度は本人もびっくりのクオリティーという。
「ふっふ。こよいはこれで一つ面白いことでもしてみようか」
山田教授はいたずらっ気もあらわに、パソコンの前に座った。ソフトを起動すると、キーワードの入力画面上にお題のワードを打ち込んだ。
「実存とは」
やたら小難しい哲学的テーマを持ち出し、あとはAI内のバーチャルセレブたちに言葉の大立ち回りを演じてもらおうという魂胆だ。さてさて、どんな結論に落ち着くことやら。
「cogito,ergo sum(コギト エルゴ スム)」
聞き慣れない発音とともに現れたのは、長髪の西洋人紳士。古めかしい一張羅が、中世を思わせる。おお、この御仁はもしや・・
そう、ヨーロッパ哲学の礎を築いたフランスの哲学者、ルネ・デカルトだ。
「われ思う、ゆえにわれあり、ですな」
世界のあらゆるものが夢幻だったとしても、こうして今何かを考えている私自身は存在する。「考える私」こそが実存なのだ。おお、なんと核心を突く論理。これを超えるフレーズ、出てくるのか・・
「私はねえ、常々疑問に思っていたんですよ」
どこか懐かしい着流しで現れたのは、グリグリ眼鏡が印象的な老紳士。頬がこけ、求道者を思わせる風貌は、そう、明治日本が生んだ希代(きだい)の哲人・西田幾多郎ではないか!
「個人あって経験あるにあらず、経験あって個人あるのである」
考えているから「私」があるという論理には飛躍がある。確かなのは「考える」という行為のみ。つまり体験こそが真実なのだ。私もあなたも、鳥も草木も、同じ空間の中で息を吸い、吐いては暮らす一つの体験として緩やかにつながり合っている。
東西の知恵がぶつかり合った。むおお、こういうのが見たかった。どうなる実存!
「・・・」
気付くと2人の隣にもう1人いらっしゃった。切れ長な目で虚空を見つめ、没我に浸るその御仁は、まごうことなき釈迦牟尼(しゃかむに)・仏陀(ぶっだ)であった。
実存とは何か。存在とは。死んだ先に何があるのか。答えの見つかりようもない、形而上の疑問について、仏陀は常に返答を拒んだとされる。いわゆる「無記」だ。
目の前の苦を取り除くことに、意識を注ぎなさい。
沈黙が、しばしバーチャル空間を包んだ。これぞ真理。このまま、黙してお開きとするべきか。もうちょっと哲学談議を聞きたかったけどなあ・・
山田教授が後ろ髪引かれ気味に「セッション中止」ボタンを押そうとした、その時だ。静寂を破り、画面上に細身でスタイル抜群の東洋男子が飛び込んできた。
引き締まった上半身の筋肉と、メラメラと燃え上がるような瞳は、ただ者ならぬオーラを放っている。誰もが憧れる銀幕の大スター、ブルース・リーだ!
「Don’t think. Just feel(ドント・シンク ジャスト・フィール)」
考えるな、感じるんだ。おお、なんとシンプルでハートに刺さる言葉。「実存」なんて小難しいことを考えるんじゃない、その日その日、今この瞬間に感じていることを大切にするんだ。
場がグッと温まった。いい感じ、いい感じだ。やっぱり活力って大事だなあ。せっかくだから、あと一声、もう一声、盛り上がるせりふを誰かくださるとありがたいんだが・・・
山田教授の欲しがりな心中を察したかのように、バーチャルセレブ4人の後方から、また新たに人影がのたりのたりと歩み寄ってきた。やたらダンディーな横顔、見たことあるぞ。
縮れたもみあげがワンダフルさを醸し出すその男。そう、映画界を背負って立った大俳優、世界のMIFUNEだ!
MIFUNE氏はしかし、何も語らなかった。その代わり、哲人ルームの壁にこっそり貼った一枚のポスターにチラリ目をやった。本人がアップで写る、昭和時代の広告のようだ。
ポスターには、こう書かれていた。
「男は黙って、サッポロビール。」
そんな答えを、待っていた。
山田教授はパソコンをそっと閉じると、夕暮れ時のネオン街へ繰り出していった。
(文・マーおじさん)
~現実を追いかける新聞記者が、空想の世界を駆け抜けます。お楽しみに~