歩く旅にハマったきっかけの一つをつづりたい。
大学生だった25年ほど前、川崎市で下宿していた。最寄り駅は私鉄・小田急線の新百合ケ丘駅。東京湾から内陸に20キロほど入った郊外都市だ。お金はないが時間だけはたっぷりある暮らしの中で、ひょんなことを考えた。
「駅前の道、ずっと歩いたらどこに行くんやろうなあ」
当時の新百合ケ丘は、近くに里山のような山林も残るほどよい田舎だった。幹線道路といっても片側1車線と狭かったものの、車の往来は激しく、大動脈にしっかりつながっていることを想像させた。その道が東西に延びており、どちらに向かうにしても面白いところに行き着くんだろうなあと思っていた。
ある週末の朝、特段の準備も下調べもなく、東に向かって歩き始めた。
狭い歩道のすぐそばを、乗用車やトラックがひっきりなしに走り抜ける。時々ヒヤリとする。が、都会を感じてワクワクもする。どこかで多摩川の大橋を渡る。都心に近づいたのを感じる。道沿いに所々、うまそうなラーメン屋を見かける。が、立ち寄る金もなく、後ろ髪を引かれる思いで通り過ぎる。
やがて往来は渋滞に近い状態となる。太いコンクリートの柱に支えられた高速道路が、いつしか頭上を走っている。首都高だろうか。いよいよ東京のど真ん中。JRの高架をくぐる。電車がひっきりなしに行き交っている。ここは渋谷だと、方向音痴の自分でも気付く。そのまま、やや上り坂に感じる大通りを進む。
スマホが登場する前の時代で、地図も見ておらず、本当にどこをたどっているのか分からなかった。都心のビルディングを両サイドに見上げ、黙々と右脚左脚を繰り返していると、さすがに疲れてきた。
と、どのタイミングだったか、視界が開けた。立派な堀が現れた。壮観な光景は、それまでも何度か眺めていたはずだが、あらためて胸を打った。
城門に突き当たり、ようやく旅を終えることになった。大きな大きな石垣が印象的な国の重要文化財、桜田門だ。
半日、ひたすら歩いてきて、次の言葉が自然と湧いた。
「すべての道は、皇居(江戸城)に通ず」
侍の時代に築かれたお城を中心に、道路が放射状に広がっているのを全身で感じた。下宿先を何も考えず歩き出して、結果的に25キロほど東に進んで、日本で一番大きなお城にぶち当たったときの驚きと感動は、表現しがたい。古代ローマにも劣らないかもしれない、壮大なスケールに脱帽した。
道をたどることの面白さを、覚えた。
さて、ここでそのまま帰路に就いておけば締まりがよかったのだが、私は名残惜しくてもう少しだけ歩きたくなった。「帰り道も、ちょびっと・・」
というのも、今度は反対方向にまた真っすぐ歩いていけば下宿先にたどり着くだろうと考えたからだ。
これが誤算だった。放射状に延びる道は、離れるほど細かく分かれていき、程なく知らない道に迷い込んでしまった。
乗り慣れた小田急線ではない、見知らぬ駅のそばまで通りかかったところでギブアップした。「一体ここは、どこだろう?」。既に日もとっぷり暮れており、ものすごく心細くなったのを覚えている。
行きはよいよい、帰りは怖い。都から離れていくときは迷子になるかもしれないので、ご注意を。
(旅師X)
~いったん休足。また歩きます~