20代の頃。有明海のそばを走る、佐賀県の国道を歩いていた時のことだ。
真夏。日差しがかなり強く、休み休み歩いていないと、結構体にこたえる道中だった。
夕方前だったか、10メートルほど先の路肩に1台の車がキュッと止まった。その止まり方があまりにも急だったので、私は身構えた。
運転席から現れたのは、私より10歳ほど年上に見えるお兄さんだった。お兄さんは、ドアを開けると真っすぐに私を見つめた。
「この道、朝からずっと歩いていませんでしたか」
お兄さんは少しこわばった表情で話しかけてきた。
はい、そうです。
私が答えると、お兄さんの表情が少し和らいだ。よし、見つけた、と心の声が伝わってくるように感じた。
「旅をされているんですか」
ザックをしょって汗だくの私に興味を持ってくださったんだな。そう思い、私が大分から歩いてきたこと、長崎に向かっていること、一筆書きのようにつなぐ旅をしていることなどを伝えた。
するとお兄さんは、どこか遠くを見つめるような表情になった。「そんな旅をしている人、今もいるんですね」
お兄さんは「がんばってください」と話すと、握っていた1本のペットボトルを私にくださった。
私はおじぎをし、ありがたくいただいた。
手にした瞬間、あることに違和感を覚えた。
ぬるいなあ。
ボトルは清涼飲料水だった。てっきりキンキンに冷えたものをくださるのだろうと不遜にも思っていた。それが、意外にも体温ぐらいになっていたので、なんだか拍子抜けし、もやもやした気持ちが湧いてしまった。
もちろんそんな気持ちはおくびにも出さず、私は「ありがとうございます」とおじぎをした。
お兄さんは、やることを果たしたかのように晴れやかな笑顔になり、クラクションを軽くならすとその場を後にした。
去りゆく車に手を振り、姿が見えなくなる頃になって、鈍感な私はようやく気づいた。
お兄さんは、ずっと私を捜してくださっていたのか。
おそらく朝方、仕事か私用で幹線道路を走らせている途中で、私を見かけられた。そして、時間をおいてどこかで再び私の姿を認められた。お兄さんは私を励まそうとペットボトルを買い、私を捜して道路を行き来されることになった。
暑苦しい季節だったから、私は近くの公園でベンチに安らったり、スーパーで涼ませてもらったりと、道沿いからちょくちょく姿を消していた。そのためお兄さんは私を見つけるのに時間がかかってしまった。そうこうしているうちに、ペットボトルも、いつしか当初のキンキンを失っていったのかもしれない。
そうしたことを頭の中で巡らせていると、手のひらで感じる生温かさが、今度はお兄さんの心の温かさに変わり、私の中にじんわり染み込んできた。
ありがとうございました。
心の中で、あらためて、おじぎをした。
そのとき感じたぬくもりは、20年以上たった今も、私の心に残り続けている。
歩き旅をしていると、こうした人の温かみに触れさせていただく機会に恵まれる。それも、予測もしないときに、予想もしないかたちで訪れる。
歩き旅は、やめられない。
(旅師X)