1944年12月5日。21歳の三浦秀逸さんは特攻隊員に任命された。この日の手紙は「取急ぎ申し上げます。本日」の後が検閲で黒塗りになっている。かすかに見えるペン先の跡から、「大命を拝しました」と記していたとみられる。
検閲による黒塗りは後の手紙にも見られ、新鋭の戦闘機「屠龍(とりゅう)」に乗っているとの記述が隠されていた。このほか、自分の居場所を明らかにできず「○○」と書いた箇所もある。
45年1月の手紙では、両親との面会を断念した後、夢に父や母が出てきて励まされた―と明かしている。家族にはもう会えないと覚悟し、「再度の大命」を拝した2月、別れの手紙と写真を送った。
両親には「どうぞ大戦果の上るを御待ち下さい」「御身体にはくれぐれも気をつけて」などと伝えた。上の妹には自分の代わりに親孝行や家の手伝いを頼み、下の妹には親に迷惑をかけないよう諭した。
実際に特攻出撃するのは、さらに2カ月後。激烈な沖縄戦に飛び込むことになる。
手紙全文【30】~【37】
(注)文面の旧仮名遣いは現代仮名遣いに、漢字の旧字体は新字体に改めた。一部の難読字は平仮名にした。その他は誤字を含めて原則そのままにした。文中の( )内の片仮名は本人が記した漢字のルビ。《 》は検閲による黒塗りがあった部分。
◇は封筒またははがきに記された郵送元(所属部隊など)。同じ場所が続く場合は省略した。【 】内の数字は手紙の届いた順(一部判然としないものもある)。日付は消印や届いた日を判読できた場合に記した。封筒に「写真在中」や「書留」と記載されたものは〈 〉内に記した。
◇茨城県那珂郡前渡村常陸陸軍飛行部隊藤田隊
【30=写真⑤】封書〈写真在中〉:12月8日消印、14日着
取急ぎ申し上げます。
本日《黒塗り》 来るものが来たに過ぎません。
この日をどれだけ待ちましたる事か、これに過ぐる感激はありません。
今更思い残すことは更々ありません。
秀逸は思い叶って満足です。
つい先日、家中皆元気とのお便りを拝し、安心して征けます。何卒今後共自重自愛、軍神の遺族として恥じなき様、呉れ呉れもお願い申し上げます。
朗生!! 朗生!!
私に続く立派なもののふに育ててください。
丁度今夜は星月夜で、明日も好天気、勇んで征けます。
初寒のみぎり、何卒御身体に気をつけて下さい。先ずは、これにて。
出陣に際し 秀逸
十二月五日
【31】封書:1945年1月15日消印、23日着
謹賀新年
長らく御無音に打過ぎました。本日家よりの御便り拝見皆又元気なる由、何より喜んで居ります。
其の後の私、御父上の御想像の通りであります。全く破格の恩命を拝したのであります。吾々ある限り断じて大丈夫、御安心下さい。
昨日迄○○に居りまして、崇高なる任務に励み居りました。其の際、面会の便を与えてくれたのでありますが、何しろ遠方の事とて、それでも一時は、無理しても会いたいと思いましたが途中の御苦労がしのばれ断念致した次第であります。どうせ会うなら御両親共々にと思いましたが、情勢がこの様では致し方ありません。でも元気なる家中の人に夢であい、満足致しました。夢に出て来た父上、母上様に励まされた声が今でも何だか耳から離れません。必ずや今に、大いなる戦果を打立てて見せます。
それから先日の書留、甚だ少くて恥かしき次第でありますが、どうぞ御笑納下さい。私の最后の御願いです。お母様に何か暖いコートでも買ってやって下さい。貧乏少尉に……とか書いてありましたが、さに非ず。別に使い様もありませんから、御送りした次第であります。決して無理はして居りませんから御安心下さい。
処でお正月、その前に明けましておめでとうございます。
今年もおぞうにだけはいただけました。今年はもう戴けまいと覚悟して居ましたが、全く夢の様です。初陽も今年は○○で空より拝みました。国恩の有難さが身に沁みて感じました。
御地も今年は、叔父様方も加わり、さぞよき正月を迎えた事と推察致して居ります。
決戦、昭和二〇年の幕は切っておとされました。
昭和二〇年こそ、私等の……の輝かしき年です。
全身より斗魂のほとばしるを覚えます。
新春に覚えましたる「桜進軍歌」の一節
意気で咲け桜花
俺も散ろうぞ
華(ハナヤ)やかに!!
向寒益々きびしき折から一層の御自重の程、祈り上げます。
敬具
一月十日 夜 秀逸
父上様
【32=写真⑥】便箋のみ:日時不明
前略
其の後は相変らず元気であります故御休心下さい。
もう一月も終りに近ずき、二月の声も迫って参りましたが、相変らず寒さは続きます。御地は今が極期で、さぞお寒い事でしょう。寒い寒いと云いましても、やはり内地、朝晩は大分冷えますが、昼間は相当に暖かいので割合にしのぎ易いので助かります。
唯乾燥がはげしいので砂塵がひどく、支那の生活が思い出されます。
毎日真黒になって、否、真白になって、猛訓練です。今迄言い忘れて居りましたが、私の乗って居ります飛行機、何と思います? 先日、新聞にて発表になりました《黒塗り》なのです。
お母様!! きかん坊で御迷惑のみかけた親不孝者のこの僕も今じゃ新鋭機に乗って居るのです。ほめてやって下さいね。
今にこれで「アッ」と云わせる様な大戦果を上げて見せますよ。
先日出来て来ました写真同封致します。如何がです!!
少しは戦斗操縦者らしき面構えでしょう。修正ぬきの写真です。
色は黒ても飛行機乗りは
空じゃ天女の色男
とか!! この様な事を書いちゃって、変な様に考えられては困りますよ。ここではっきり申して置きますが、婦人関係は絶対にありませんから御安心下さい。何だか遺言じみてしまいましたが御ゆるし下さい。
今は丁度、寒稽古です。久しぶりに竹刀を握りましたが、中学校の頃のあのつらかった事、楽しかった事(餅焼き)等思い出され、何となくその頃に反った様な気がいたしました。
明朝も又六時半からです。では今晩はこれで遅くなりますから失礼致します。
厳寒の折から、御一同様の御健康をお祈り致します。
秀逸
母上様 清二郎叔父様、裏の姉様にもよろしく、写真一枚は叔父様に上げて下さい
【33】はがき:2月26日着
前略
永らく御無沙汰致しました。其の後皆様御一同如何がですか。
当方致って頑健そのものにて張り切って居ります故御安心下さい。
本日は珍らしく雪を見ました。暦の上ではもう春ですが、春とは名のみでこの二三日はひどく冷えます。朝鮮にて寒さには相当慣れて居る積もりで居りましたが、最近はその自信もなくなりました。でも朝鮮の如く乾燥が無いだけに身体には応えません。毎冬、なやまされる偏桃腺も、今年は大丈夫、大助かりであります。春で思い出しましたが、先日の節分は如何がでしたか。「福は内」で当方では胃の中へおさめてしまいました。
では今日はこれにて失礼致します。その中又変った写真でもお送り致します。清二郎叔父様方にもよろしく。では又後便にて。
【34】便箋のみ:日付不明 ※この手紙だけ三浦寛子様宛の封筒で送られた可能性もある
前略
本日、お母様よりのなつかしいなつかしいなつかしいお手紙有難うございました。
皆様相変らず御元気の事承わり大いに喜こんで居ります。特に朗坊の奴元気そのものにて家中の人気を集めて居るとの事、先日戴いた家中で写した写真に出て居る朗坊を見て全くさもありなんとその大きくなった姿が目に浮び、はしゃいで居る恰好も想像出来ます。
くれぐれも丈夫にお育て下さい。
敵来襲の度も、日に日に加わって参ります。元山にも一機位ずつ、行く様ですね。
充分気をつけて抜りなき様願います。
こちらの方の状況は御想像にまかせます。悠久の大義に生くべき、その日を待ちつつ目下緊張の日々を過ごしています。
梅の蕾も大分大きくなって参りました。水戸の公園に梅林がありましたが一度お母様にもお見せ出来たらと思いますが遠くて残念であります。
では御両親様方御一同の御健康を祈って擱筆致します
秀逸
御母様
【35=写真⑦上】封書〈写真在中〉:3月9日着 ※35~37の手紙を同封していたとみられる。34の手紙も同封だった可能性がある
拝啓
本日、再度の大命を拝しました。
今度こそは参ります。内地にて何の御手柄も立てず全く面目ありません。而し今度こそはやりますよ!! どうぞ大戦果の上るを御待ち下さい。
同封の写真は特操の試験を受ける時から一諸で大刀洗校時代は勿論、支那から明野常陸と共に過し、この度の大命には又々選ばれまして一諸であります。
生死を誓い合う、戦友を紹介した次第であります。
朗生は其の後如何がですか
一度元気な姿が見たく思いますが会えないのが残念であります。
どうぞ成人した暁には私の後をつがして下さい。
御両親様にも御身体にはくれぐれも気をつけて御発展の程、一重にお祈りいたします。
取り急ぎ御通知迄!!
秀逸
二月廿六日 夜
父上様
母上様
【36=写真⑦下】
千枝子へ!!
其の後は如何が!!
相変らず元気の事と思うが、充分気をつけて務めに励まれ度し。
兄も愈々征く事となり、今更云う事もないが、唯々後はよろしく頼む。
父、母もよる年なみ、幼なき弟妹をかかえて苦労も絶えなき事と思う。
万事は姉として、よく面倒を見て、御両親様には心配をかけなき様、充分の働らきを望む。
昼は昼で仕事に忙殺され、帰りて又、家の手伝いで、さぞ御苦労ではあろうが前戦の勇士の事を思って、やって呉れ!!
家にある時は不孝の連続で何一つ出来なくて全く慚愧にたえない。
この兄の分も尽くして充分孝養を尽くして呉れ。それのみ頼っておく。
再びの大命を拝して全く愉快だ。
愈々花を咲かせる時が来た。
其の時の来るのを待ってて呉れ!!
ではこれにて。
兄より
【37】
慶子よ
その後は相変らず元気で勉強の事と思う、兄さんは愈々征く事になった。
何時もオテンバでお母様を困らせて居たが此の頃はどうかな……
今年は女学校に進学の事と思うが、しっかり勉強して必らず親に迷惑かけなき様、お前が迷惑かけさえしなければお母様はどれだけ助かるか、それをよく察して充分気をつけなさい。
先日の母からの御便りでは、朗生は慶子を一番きらって居るとか!! いやがらせをさせない様面倒を見てやんなさい。
其の中に、兄さんの御手柄をラジオニュースかなんかで御知らせするからね。
では身体に気をつけて。
兄より