歩いてつなぐ旅をする醍醐味の一つは、土地の方言を楽しめることだ。
通りがかりのスーパーで、公園で、食堂で、地元の人たちが交わす雑談に耳を傾けていると、ご当地色満載の言葉が自然と流れ込んでくる。イントネーション、語尾、単語、いろんな要素で違いがあって面白い。
言いぶりが柔らかかったり、反対に少しきつく感じたり。リズム感にあふれていたり。いろいろあるものだ。
以前にも書いたが、最初に味わったカルチャーショックが大きかった。東京から西に向かって歩き、箱根を越えて静岡の沼津に入ったときのこと。地元のおいちゃんに道を尋ねたところ、
「あの、若草神社が、見えるらあ?」
と言われ、初めて耳にする語尾「らあ」に衝撃を受けた。そんな言葉、あるんや! 3泊4日で箱根を抜けるまでの道中、1回も聞いたことがなかった。このとき、自分が地理的にも文化的にも関東圏を出たことを実感した。
その後も方言との出会いは続いたが、「らあ」に次ぐぐらいに印象に残った出会いがあるので紹介したい。
山陽地方を歩いていた時のことだ。岡山市街まであと10キロちょっとを残した辺りで、体力が尽きた。夕暮れ時。周囲に宿はなかった。かといって山間地でもなく、野宿ははばかられた。無理せず、道沿いの駅をゴールにし、どこか宿のあるところまで移動することにした。
無人駅にたどり着いた。既に列車待ちのお客さんが数人いらっしゃった。ほどよく疲れ、空っぽのアタマと鼓膜に、お客さん同士の会話がスーッと流れ込んできた。
「・・、ええんじゃぁ。」
最後の一言だけ、はっきり聞き取れた。なんとやさしい響きなんだ。心地いい不意打ちに、疲れた心身もほぐれた。
最初の「え」よりも、後の「え」の方が強く聞こえた。「ん」で少し弱まり、「じゃあ」で再び音が強まった。通して聞くと、柔らかくて温かかった。それまで歩いてきた関西の言葉遣いでもなく、ふるさと九州の抑揚でもなく、馴染んだことのないイントネーション。今、自分は山陽の地を歩いているんだと、不思議な実感を覚えた。
ちなみに、「ええんじゃあ」とつぶやいたのは女子高生だった。方言はしっかり若い世代に受け継がれているんだなあ。一介の旅人だが、嬉しく思った。
たった一言かもしれない。だが、そんな一言に土地の味わいが意外に凝縮されているとも感じる。その後、これまた個性あふれる土地・広島に入ったわけだが、ここで触れた言葉もやはり少し違っていて、アジがあった。
ネット社会で世界は縮まった、均質化が進んでいるとはいうけれど、そこに土地がある限り、方言という固有文化は生き続けるだろうと思う。そこにしかない山、田んぼ、小川の風景、人々の営み、一つ一つが縦糸・横糸となって土地の言葉を生み出していると感じる。
バーチャル空間ではなかなか味わえない、生き生きした個性に触れ、ホッとする。
(旅師X)
~ここらで休足。また歩きます~