熊本市に1泊して、老舗ビアホール「MAN(マン)」にビールを飲みに行った。なぜ、わざわざこの店を訪ねたかというと、熊本日日新聞社発行の本「MAN 熊本の老舗ビアホール名物マスター一代記」(荒木久朝著)を読んで、「行かなければ気が済まない」という衝動に駆られたからだ。
キーワードは「アントニオ猪木」である。「MAN」のマスター村田善則さん(92)はビアホールの経営者でありながら、彫刻家の顔も持つ。昭和のプロレスファンが憧れた「アントニオ猪木ブロンズ像」の制作者なのだ。プロレス専門週刊誌の巻末の通販広告で、毎週、異彩を放っていた商品だ。説明書きには確かに「村田善則先生作」とあったのを思い出す。
熊本日日新聞社の本のおかげで、「ブロンズ像制作者」イコール「店のマスター」という事実関係が、私の中でついにつながったのだ。感激したと同時に、長年プロレスファンでありながら、今頃になって知ったことに反省することしきりだ。
これが「行かなければ気が済まない」という衝動に駆られた理由だ。同じく衝動に駆られた別府市のプロレス仲間・前田耕司さん(56)を引き連れての熊本遠征で、さながらビアホール武者修行といったところか。
店は熊本市中心部のビルの4階にあった。厨房(ちゅうぼう)に対面するカウンター、それに複数のテーブル席があり、私と前田さんはカウンターに座った。
目の前には「アントニオ猪木ブロンズ像」をはじめ、「モハメド・ヨネ」「丸藤正道」「柴田勝久」ら、さまざまなレスラーのブロンズ像が並んでいる。
村田マスターは足腰の調子が悪く、残念ながら店に出勤していなかったが、厨房の沢田志朗さん(54)が村田マスターに電話をかけてくれた。ものすごく元気な声を聞くことができて感激した。そして、この店のもう一人の従業員は、何と大分市賀来の出身で、実家は大分合同新聞を購読しているというから、またまた感激だ。
店内にはプロレス興行のポスターやレスラーの写真、覆面などが至る所に飾られている。そして、店を訪れる客は、やはりプロレスファンが多い。
店内で、客の石坂誠さん(45)、マシュー・トンプソンさん(36)、橋口登志雄さん(47)=西口プロレスの元レスラー・小橋太っ太(こばしふとった)=らと意気投合し、日米マット界全般の話や、過去に来店したことがあるレスラーの話に花が咲いた。この皆さんとは初対面だが、プロレスファンの波長はスイングするのだ。
さて、店の中をよく見ると、ものすごい物が飾られていることに気付いた。な、な、何と、アントニオ猪木さん直筆の書があるではないか!
引退試合の日(1998年4月4日)に東京ドームで詠んだ、かの有名な詩「道」である。厨房の沢田さんによると、2006年5月15日に来店した際の書で、「MANのおやじさんへ」と書いてある。つまり、村田マスターに宛てたものだ。
ほかに2017年10月21日の日付入り半紙には、マルで囲った「寛」の直筆文字。本名・猪木寛至の「寛」だ。「広く、ゆったり、寛容であれ。丸い心」という思いが込められているのだそうだ。
店の右隅のテーブル席は、猪木さんが来店した際に、いつも座っていた席だという。恐れ多くもそこに座らせてもらった。この感覚は分かる人には分かると思うが、確かに「闘魂」を感じたのだ。これはもう、私にとっては「パワースポット」と言って良いだろう。
著者・荒木久朝さんと熊本日日新聞社のおかげで、楽しい夜を過ごすことができた。ありがとう!
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■「遠慮が一番の失礼」 あえて書いた、熊本の楽しい思い出
「MAN」を訪ねたのは7月11日だった。その訪問記(この記事)を書いていた7月28日午後4時27分ごろ、熊本地震が発生した。最大震度7。今は訪問記どころではないと判断し、記事を書くのをいったんストップした。
あれから1カ月以上がたった。「熊本の楽しい話を書くことを遠慮する。これは正しい考えか」と自問する。「いや、違う」というのが結論だ。「熊本にぜひ来てほしい」。それが熊本県民の思いではないだろうか。だから、あえて「MAN」の思い出を書いた。
かつてアントニオ猪木さんが言い、物まねレスラーのアントニオ小猪木さんが受け継いでいる言葉がある。「遠慮が一番の失礼」。その通りである。
(下川宏樹)