【Gateインパクト】サラリーマン空想漫遊記(9)しあわせメーター

 IT系のスタートアップ企業が斬新な商品を売り出した。

 「しあわせメーター」

 ぱっと見は眼鏡だが、縁に付いているボタンを押すと、目の前にいる人の幸せレベルを数値化してくれる。

 大通りを歩いていると、木陰のベンチでくつろぐ高齢の女性が少し先に見えた。穏やかな表情に引かれ、フォーカスしてみた。

 「幸せレベル:85」

 おお、やっぱり。落ち着いたたたずまいの中に、満たされたものを感じる。日々の暮らしの場面場面で、幸せを見いだしていらっしゃるのかな。老いは憂いばかり、とも言えないようだ。

 そのまま進むと、駅の大型スクリーンが目に留まった。人気アイドルグループがキレキレのダンスを披露している。

 センターの女の子に焦点を定め、ボタンを押してみた。

 メーターは「57」と出た。

 何とも意外だ。なぜだろう。

 私はボタンをカチカチと2回押してみた。こうすると分析データが現れる。

 「プライド満足度:70 焦り:91」

 これをどう見たらいいのか。
 
 推し量るに、こういったことだろうか。つまり、センターポジションを取れてうれしくはある。でも、日がたつにつれて達成感も正直、まひしてきた。それだけじゃない。いつかこの座を誰かに奪われるかもしれないという焦りのほうが強まっている。特に、隣の子は人気急上昇中で、激しいライバル心を燃やしているようだ。

 なかなかに、息苦しい世界なのかもしれない。

 駅を通り過ぎると、スクランブル交差点がちょうど赤信号になった。人混みがすごいなあと思っていたら、〇×党のベテラン議員が街頭演説をやっているじゃないか。

 早速、メーターを起動させた。

 「66」

 これまた微妙だ。カチカチ

 「野心達成度:93 焦り:30」

 え、特に問題ないような。

 私は眼鏡を長押しした。こうすると、少し先の予測が現れる。

 「安泰度:プラマイ108」

 なるほど、一寸先は闇、と。政(まつりごと)の世界は言動一つで奈落の底へまっしぐら。気が休まる時はない。

 現実は厳しいなあ。私はだんだんとつまらなく感じてきた。まあでも、せっかく大枚をはたいて買ったんだ、もう少し使うことにするか。

 大通りを、黒塗りのリムジンが通り過ぎた。後部座席には、品の良い紳士が1人。そういえば、とある国の王様が訪れているんだっけ。

 高い数字が出そうだ。ポチッと押した。

 メーターは「70」を示した。

 これまた、何で。

 カチカチ、長押しをし、ため息をついた。つまり、王様は満たされた暮らしの陰にも悩みがあったと。跡取りのことだ。ちょいとやんちゃで、世間を騒がせている。私もテレビで多少は知っている。親としては、気が気でないというのが正直なところなのだろう。
 
 ああ、残念だ。「100」をたたき出してくれる人、いないのかなあ。いたとしても、生まれたばかりの赤ちゃんか、まれにみる聖職者ぐらいなものだろうか。

 ハンパないがっかり感を抱えながら、私は街路樹の緑に目線を休ませた。

 高い買い物になっちゃったなあ。眼鏡をポケットにしまおうとしたとき、意図せずボタンに触れた。

 メーターが起動した。スクリーンには「∞(インフィニティ=無限)」の文字が表示されていた。

 想定していない記号の登場に、私は混乱した。

 カチカチ、長押し
 
 どれも「∞」を示すばかりだった。

 一体、どういうことだろう。

 ここから先は、自分で考えるしかない。乏しい知恵をひねりにひねった。

 ・・・

 こういうことなのだろうか。

 つまり、街路樹の緑には、幸せも不幸せも感じることがない。ただひたすら、お日さまのエネルギーを浴びて浴びて、生きて、それだけに過ぎない。数字に表せるものは、ない。

 しかし、だからこそ、測ることのできない安らぎがあるのかもしれない。そこにいるだけで、上もなければ下もない。緑の葉はエネルギーを体に取り入れ、そのエネルギーはやがて形を変え、さよならを告げることもなく去っていく。それに対する執着もない。他の何者にも揺るがされることがない。

 これを幸せと言わずして、何と言おう。

 私は予想もしていないところで大切なものを見つけたような気がした。それからは、道端の草花や石ころ、たなびく白雲など、日ごろ気にかけることのなかった、モノというモノに眼鏡を向けてみた。

 どれも、「∞」を示した。

 私は目からうろこが落ちたように感じた。自分は今まで何と狭い視野の中で暮らしてきたんだろう。世の中は、人間だけで成り立っているわけではないんだ。

 数字を、比較を、優劣を求める人間の小さな小さな空間を、意味付けから自由な無限の世界が包んでいる。それは命そのものの世界であり、石ころや白雲といったモノの世界でもある。

 ありがたいものは、身の回りにあふれているんだなあ。

 私はようやくこのアイテムに満足を覚え、手放すことにした。

 リサイクルショップに持っていき、手にしたお金でビールとつまみを買った。今日は家でしっぽり飲むことにしよう。

 夕暮れ時の帰り道、交差点で信号待ちをしていると、東の空にぼおと満月が顔をのぞかせていた。

 声もなく、じんわりとのどかな光を寄せる丸い顔に、私はそれまで気付かなかったような温かみを感じた。

  (文・マーおじさん)

 ~現実を追いかける新聞記者が、空想の世界を駆け抜けます。お楽しみに~

最新記事
【Gateインパクト】地球さんご賞実行委員エッセー(3)
【Gateインパクト】地球さんご賞実行委員エッセー(2) 鹿野翔さん
【Gateインパクト】旅するための読書(6)村岡俊也『増補 新橋パラダイス』
【Gateインパクト】第80期大分合同アマ将棋名人決定戦リポート
【Gateインパクト】大商アルプス物語(上)3人の3年生マネジャー