甲子園の観客は「判官びいき」といわれる。劣勢の学校に対して、ファンが肩入れするというものだ。テレビやラジオで聞く応援の音量もひときわ大きく感じる。だが、実際はどうなのか―。記者は甲子園取材が初めてで、「放送局が劣勢側の応援を強調しているのでは」と半信半疑だった。が、そんな考えは2回戦の英明(香川)との一戦で変わった。
大分商は終盤まで無得点に抑えられた。通常はチャンスの場面で演奏する「サウスポー」を、八回は先頭打者から響かせた。この曲は前奏で踊りながらしゃがみ「おまえが、決めろよ!」でメガホンを高く掲げて立ち上がる。曲が始まると、右、左と体の向きを変えながら飛び跳ねて応援するのが大商スタイルだ。
当初、踊っていたのは野球部を中心とした一部の生徒だけだった。1回戦、2回戦と試合が進むにつれて、在校生にもどんどん波及。最終的にはOBやOGまで巻き込み、迫力のある応援になった。
この回も得点にはつながらなかったが、先頭打者からの「サウスポー」で応援は大きく盛り上がった。劣勢の中、何かが起こりそうな予感がした。
そして最終回、先頭打者の杉山巧真選手(2年)がコールされると、球場全体から大きな歓声が上がった。応援団は代打の応援歌「モンキーターン」を甲子園で初めて「解禁」。盛り上がる一曲をスタメンの杉山選手に演奏し、一気にギアを上げた。
ふと、目線をそらした。内野席、外野席、そして、英明が陣取る三塁側の観客まで、応援に合わせて手拍子をしているのだ。球場全体が大商を応援している。この一体感に鳥肌が立った。記者としてアルプスの応援風景を写真に収めなければならない。それでもこの瞬間だけは「もっと雰囲気を味わいたい」と、カメラを下ろした。
その光景を見て、2016年の東邦(愛知)―八戸学院光星(青森)戦が頭をよぎった。東邦が応援を味方につけ、7点差をひっくり返した試合だ。球場全体を巻き込む応援を見ていると、大分商にもそんな奇跡が起きるのではないか。そんな期待を抱いた。ただ、現実は甘くなかった。
試合には敗れたものの、九回に奪った1点にはアルプスの声援が力を添えていたように感じた。甲子園の「判官びいき」は、本当にあった。
「モンキーターン」は私が一番好きな応援曲だ。特別な舞台で、吹奏楽部や野球部の応援を「特等席」で聞けてうれしかった。動画に撮っておけばよかったと、今になって少し後悔している。
後で知ったことがある。野球部や吹奏楽部、チアのメンバーはその盛り上がりに気付かなかったという。それほど目の前の応援に懸命だったのだ。本人たちが気付かないところで、アルプスの熱は球場全体に広がった。
取材を続ける中で、即席で結成したチアリーディング部の成長も目を引いた。吹奏楽部のカラーガードと女子バスケットボール部で結成する「即席チア」。未経験者ばかりで、大会前の合同練習会では少しぎこちなさもあった。ただ、試合を重ねるにつれて、明るい表情で堂々と応援していた姿が印象的だった。
近年は甲子園の応援曲も多様化している。今夏も「=LOVE(イコールラブ)」や「FRUITS ZIPPER(フルーツジッパー)」などアイドル曲を使う学校もあった。
プロ野球の応援曲やサッカーのチャント(応援歌)を取り入れる学校も多い。実際に大分商もサッカーJ1長崎のチャント「Vロード」を採用している。「モンキーターン」もプロ野球ロッテのチャンステーマだ。
大分商の応援曲「情熱のうた」は今回初めて知った。「青のプライド」も聴いたことがある程度だった。アルプスで何度も耳にするうちに、自然と口ずさむようになった。甲子園を離れても、あの日の光景は今でも鮮明に覚えている。「甲子園の応援って、いいな」
(R)