【Gateインパクト】サラリーマン歩き旅⑱記憶がつながる

 誰にも「懐かしい風景」と言えるものがあると思う。幼少期に訪ね、遊んだ場所はその代表例だろう。私にとってその一つは、祖父母の家だ。母方の実家が兵庫県伊丹市にあり、夏休みになると母に連れられ寝台特急で上っていった。古い日本家屋で、威厳があった。畳敷きの広間に漂う線香の香り、家族の幸せを願い毎朝お経を唱えていた祖母の丸い背中を今もよく覚えている。
 
 当時は電車やバスを乗り継いで訪れていたから、自分が日本のどこにいるのか、よく分からなかった。大人になってからも懐かしさは衰えることなく、愛着はいっぱいあったけれど、記憶と実感がいまいち一致しなかった。

 なら、歩いてつないでみよう。

 ある時そう考えた。学生時代、歩き旅で東京から大阪までつなげており、そこから足を延ばす形で伊丹を目指すことにした。大阪駅を出立点にした。五感でつなげていく日本地図の中に、自分の幼少期の記憶を結び付ける旅となった。

 大阪駅を出てしばらくは高層ビルが建ち並び、気分も高揚した。大都市が醸し出すエネルギー、活気は大きなものがあった。まさに現代。歩く自分の脳内モードも、まさに現代。21世紀にあった。

 淀川を渡り、兵庫県に入り、尼崎というこれまた大きな都市に着いた。やや下町の風情を感じないでもない。私はどちらかというとおしゃれな都市より人間くささの漂う界隈が好きで、面白いと思った。

 さて、ここから真っすぐ北に進めば、記憶のまちにつながるようだ。地図を取り出し、テクテクを再開した。

 車の往来は相変わらず多かったような印象はあるが、少しずつ道路沿いの光景が変わっていった。高層ビルは既になく、地域の暮らしがのぞけるような小店舗も見かけた。ズンズン進むと、のどかな田んぼも開けてきた。

 記憶のまちに、近づいているのか。

 懐かしさがこみ上げてきた。私の脳裏に焼き付いている家並みはまだ現れていなかったが、記憶の世界が今の世界と間もなくつながることに、言いようのない興奮を覚えた。

 地図を確かめ、目印にしていた交差点で足を止めた。ここら辺が、ばあちゃんちの近くのはずやったけど・・・

 幼少期に眺めた風景とは少し変わっていた。けれど、思い出の土地に間違いないようだった。そこから小道に入り、少し歩くと、脳裏に焼き付く家並みが当時とほぼ変わらない様子で迎えてくれた。ようやく、記憶と今がつながった。

 ここに、ばあちゃんちがあったんか。

 懐かしい家屋を訪ね、親戚みんなにあいさつをし、思い出話に花を咲かせた。祖母は高齢で長く話はできなかったが、変わらない笑顔に癒やされた。その日は、近くに暮らす伯母夫婦が泊めてくれることになった。

 伯母は母の唯一の姉妹で、とりわけ絆が深い。おいに当たる私にも、小さい頃からいつも優しく接してくれている。伯父も人間の良さがそのまま顔に表れているような人で、久しぶりの再会だったにもかかわらず、気を張ることもなく、すっかりくつろがせていただいた。

 歩き旅の途中で立ち寄ったという特殊な状況だったからか、二人と話した事柄の一つ一つをよく覚えている。伯父は阪神大震災の記憶を語り出した。大震動を受け、家は傾いた。幸い、家族はみんな無事だった。厳寒の1月。伯父は、周囲の人々のことが気にかかったらしい。たんすの中にある靴下という靴下をすべて取り出し、自分たちのため最小限の分を残すと、必要とする人のために差し出したという。そんな一幕をふと思い出したようだった。

 「みんな、足が冷えただろうからなあ」

 伯父の優しさ、細やかな気配りが、その一言にあふれていた。だから僕はおじちゃんが好きなんや。あらためて感じた。伯母がほれた理由も、分かった気がした。

 翌日、夫婦にお礼を申し上げ、神戸方面へ出立した。伯母は「頑張りよ」と言うと、玄関口でこっそり餞別(せんべつ)を私に握らせてくれた。ありがとう、おばちゃん。伯父は多少の道案内をしようと申し出てくれ、しばらく一緒に田舎道を歩いた。

 たしか武庫川という地元の川があり、何を語るでもなく2人並んで河川敷を歩いた。あるところで、大きな道にぶつかり、「じゃあ」とお互い手を振って別れた。

 心の原風景としっかりつながり、その後の旅は気力ますます充実したものとなった。

 伯父は5年ほど前に亡くなったが、旅の途中で語り合った場面はとりわけ思い出深く、心の奥にとどまり続けている。

 (旅師X)

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