【Gateインパクト】旅するための読書(3) グレゴリー・ケズナジャット 『言葉のトランジット』

 グレゴリー・ケズナジャット 『言葉のトランジット』(講談社)

 第173回(2025年上半期)芥川賞候補にグレゴリー・ケズナジャットの『トラジェクトリー』が挙がった。第168回に続き2度目のノミネートとのこと。

 以前は出版社との付き合いのある業務をしていたので、芥川賞、直木賞、本屋大賞受賞作はひと通り読んだが、最近の芥川賞作品はテーマ設定のエッジが効き過ぎて、読む気が失せがちになり、さっそうと登場した本屋大賞もこの頃は直木賞と区別がつかなくなったぞと感じ(あくまでも個人的感想です)、読売文学賞や英語圏のブッカー賞、フランスのゴンクール賞に目が行きがちになる。

 ケズナジャット氏は1984年生まれ、米国サウスカロライナ州出身。高校、大学で日本語を学び、外国語指導助手として来日。現在は法政大学准教授に就いているという。デビュー作『鴨川ランナー』を読んでみた。京都や福井を舞台に移住者としての微妙な違和感が繊細に描かれた、新鮮な感覚の私小説集だった。私などよりはるかに日本文学を学んでいるので、随所に散りばめられた品のある言葉の使い方に感銘を受けた。

 ケズナジャット氏の受賞なるかと注目した芥川賞は該当者なしだったが、半年余りたった昨夏、初エッセー集『言葉のトランジット』が発刊されたと新聞書評で知り、図書館で借りた。予想通りの面白さで、三読四読したいと書店であらためて新刊を求めた。

 米国で生まれ育った著者は、母語としての英語があり、イランからの移民と思われる父を持つ。14歳から26年間日本語とともに過ごして、日本語も自分の一部になっている。大学で専門の日本文学を教え、作家としても活動しながら、日本に住む一人の人間として問題を発見し、思考する。それゆえに迷いや悩みの着眼点はユニークだ。単なる移住者の文章と違うのは当然だろう。

 「日本語を母語としない者として日本語を使って物語を書くと、最も難しいのは文法でもなく語彙(ごい)でもなく、既存の物語との格闘になる。新たな視点から日本のことを見せてほしいという、常にある暗黙の要求にどう対応するか」とケズナジャット氏は自身の役割をはっきりと分かっている。

 一人称について考察する「俺を使わない僕」、英語でも日本語でも発言に躊躇(ちゅうちょ)や慎重さが伴うようになってきたという「轍」、区役所の窓口で日本語が分かるのに英語でやり取りする「言葉の出島」、信ぴょう性に乏しい説が確固たる事実のように繰り広げられることにうんざりする「邪魔する文化論」など、詳しく内容を紹介したいところだが…。

 ケズナジャット氏は日本に移住し定住している。観察者と当事者の立場を行き来する独特な視点を持った文章が魅力だ。中庸という言葉が適切かどうかは分からないが、意識的にあえてその場所に身を置いているように思う。この人が近いうちに芥川賞を取るだろうと私は期待している。
(児玉真路)

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