荒木久朝著「MAN 熊本の老舗ビアホール名物マスター一代記」
(熊本日日新聞社・1650円)
本書は主人公の村田善則さんの個性と、著者の荒木久朝さんの知識が、プロレスを軸にして同じ波長で押し寄せてくる一冊だ。村田さん自身が書いた自伝のような錯覚に陥るのは、2人の付き合いの長さと深さによるものだろう。一体感があるのだ。
村田さんは昭和のプロレスファンにとって憧れの人である。「週刊ゴング」などの専門誌が毎週、通販広告に載せていた「猪木ブロンズ像」の制作者であることが理由。多くの品々が並ぶ中、ひときわ異彩を放っていた商品で、誰もが欲しくてたまらなかった。この傑作芸術品の誕生物語を本書で初めて知り、プロレスのことで頭がいっぱいだった少年時代に心が飛んだ。
彫刻家の一面を持ちつつ、本業は熊本市でのビアホール経営だ。店を始めて1年半ほどたった1973年1月22日、新日本プロレスが熊本市初の興行を打った。猪木さんが初めて来店した日でもある。礼儀正しさや振る舞いにほれ込んだ村田さんは「ずっとこの人を応援すると心に誓った」と当時の思いを明かす。これがターニングポイントとなり、以降、プロレスへの関わりが深くなっていく。店にはレスラー、業界関係者、ファンが立ち寄るようになった。
荒木さんは、本書にマット界の出来事や裏話を盛り込むことで時代背景を描いている。18歳の藤波辰巳選手=現・辰爾(72)、国東市出身、豊の国かぼす特命大使=のエピソードや、別府市の高本治療所(現・高本綜合治療院)にまつわる小ネタは、大変身近に感じてうれしくなる。
「型破り」「破天荒」。そんなタイプのレスラーを「トンパチ」と呼ぶ。愛がこもった表現で、「プロレス人」ならば言われて悪い気はしない。村田さんの生きざまはトンパチであり、周囲に元気や勇気を与える姿はまさに「猪木イズム」だ。本書内の写真から、現在92歳の村田さんはとてもエネルギッシュであることがうかがえる。「村田&荒木」のタッグに、ぜひ会ってみたい。
(下川宏樹・大分合同新聞編集局長)