【Gateインパクト】入院体験記「胆石の日々」(後編)

 ~前編のあらすじ~
 40代で胆石胆のう炎が見つかり、急きょ入院し手術を受けた。医療費が気にかかったが、自己負担に上限のある「高額療養費制度」のおかげでひと安心できた。入院生活は後半へ。

【眠れない病院の夜】

 入院生活も後半に入り、昼間はかなり自由に動けるようになっていた。点滴も外れ、デイルームで本を読んだり、パソコンを開いたりもできる。ただ、夜になると病院の空気は少し変わる。

 病室の照明が落ち、廊下の音も少なくなる。静かといえば静かなのだが、不思議と落ち着かない。体は横になっているのに、なかなか眠れない。昼間にほとんど歩いていないせいか、夜だけ妙に目がさえる。

 そんな夜だった。

 消灯後しばらくして、どこからか女性の大きな声が聞こえてきた。最初は空耳かと思ったが、しばらくするとまた響く。苦しそうな声だった。痛みに耐えているのか、不安なのか、詳しいことは分からない。ただ、その声だけが静かな病棟に響いていた。

 確認しに行く勇気はない。看護師たちが慌ただしく動く気配もないので、何か緊急事態というわけではないのだろう。それでも、眠れない夜に聞く声としては、なかなか強烈だった。

 病院という場所は、静かな場所だと思っていた。だが実際には、さまざまな痛みや不安が同じ建物の中に漂っている。昼間は見えにくいそれらが、夜になると急に輪郭を持ち始める。

 自分自身も、手術後の痛みや右肩の激痛で眠れない夜を過ごした。ナースコールを押して痛み止めをもらい、ようやく少し眠れる。そんな時間を経験すると、夜中に響いていたあの声も、少し違って聞こえてくる。

 入院すると、自分のことだけで精いっぱいになる。だが、病棟にはそれぞれ別の事情や痛みを抱えた人たちがいる。当たり前のことなのに、病室に閉じこもっていると意外と見えなくなる。

 結局、あの夜の声の主が誰だったのかは分からない。翌朝になれば病院はまたいつもの空気に戻り、看護師たちは慌ただしく動き始める。

 後日、恐る恐る看護師に尋ねると、おそらく全身麻酔の後のせん妄と呼ばれる症状の患者さんだろうとのこと。痛みと幻覚の狭間で声を出してしまったのではないかと。

 【コーヒーを飲みに脱走した日】

 退院が近づく頃には、かなり普通に歩けるようになっていた。病院食も食べられる。スマートフォンやパソコンを触る余裕も戻ってきた。ただ、そうなると今度は別の問題が出てくる。「暇」なのだ。

 入院していた病院に、大きな不満はなかった。看護師たちは親切で、先生たちも話しやすい。手術も無事終わった。食事も「病院食」と考えれば十分おいしい。

 だが、一つだけ重大な問題があった。

 コーヒーである。

 病院の売店で売られているコーヒーが、驚くほどおいしくないのだ。

 もちろん、病院に本格的なカフェ品質を求めるのは間違っている。ただ、もし人生最後の一杯がこれだったら、「ちょっと死ねないな」と思う程度には残念な味だった。

 そんなわけで、どうしても「ちゃんとしたコーヒー」が飲みたくなった。

 ちょうど体調も安定していた。病院の近くには長浜神社があり、その周辺に喫茶店があったはずだ。「少しくらいなら大丈夫だろう」。そう思って、家族を見送るふりをして病棟を抜け出した。

 久しぶりの外の空気は、思った以上に気持ちよかった。数日ぶりに見る街は、普通に車が走り、人が歩いている。当たり前の日常なのに、少しだけ別世界のように感じる。

 ところが、目的の喫茶店に着くと「本日休業」の札。仕方なく別の店へ向かったが、こちらはテイクアウトをやめていた。

 結局、おいしいコーヒーにはありつけなかったが、長浜神社で手術が無事に終わったことを報告し、少し歩いて病院へ戻る。その時間だけでも、十分に「外」だった。

 病院に戻ると、また静かな病棟の日常が始まる。だが、ほんの少し外を歩いただけで、自分がちゃんと日常へ戻りつつあることを実感できた。

 人はたぶん、回復してくると「普通のこと」をしたくなる。

 おいしいコーヒーを飲みたいとか、外を歩きたいとか。その程度の願いが戻ってきたとき、体も少しずつ元に戻っているのかもしれない。

 【その先の話を、しておく】

 手術が終わり、名前を呼ばれて目を開けた。医師から見せられたのは、直径1・5センチほどの胆石が2つもあったそうだ。胆のうの大きさを考えると、そこに収まっていたこと自体が不思議に思える。

 ただ、そのときの記憶ははっきりしない。声をかけられ、何かに応じていたはずだが、言葉はほとんど残っていない。意識はあるのに、形にならない時間が続く。

 病室に戻ると、家族の姿があった。会話をしたような気もするが、やはり断片的だ。気を抜くとすぐに眠ってしまう。体と意識が、少しだけずれているような感覚だった。

 日がたつにつれて、体は徐々に戻ってくる。歩けるようになり、食事も再開し、日常に近い動きができるようになる。その中で、ふと思い出すことがあった。

 かつて病で亡くなった伯父のことだ。50代前半だった。当時は遠い出来事のように感じていたが、今の自分と重ねると、急に現実味を帯びてくる。

 今回の入院は命に関わるものではなかった。それでも、体調ひとつで状況は大きく変わる。そう実感すると、「もしも」の話をまったく考えずにいることが、少しだけ不自然に思えてくる。

 医療の現場では「人生会議(ACP)」という取り組みがある。どのような医療やケアを望むのかを、元気なうちに家族や周囲と話し合っておくものだ。

 これまで自分にはまだ関係のない話だと思っていた。だが、今回のように言葉がうまく出てこない状態を経験すると、考え方は少し変わる。伝えたいことがあっても、伝えられるとは限らない。

 だからこそ、あらかじめ話しておく。決めきる必要はない。ただ、「どう考えているか」を共有しておくだけでも意味はあるのだろう。

 退院の日、外の空気は思ったよりも軽かった。街は何事もなかったかのように動いている。自分もその中に戻っていく。

 日常は、思っているよりももろく、同時に静かに続いている。

 その中で、ほんの少し立ち止まる。

 まだ元気なうちに、その先の話をしておくという選択も、悪くないのかもしれない。(衛藤知愛)

(終わり)

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