2025年4月に開学し、約7千人がオンラインで学ぶ「ZEN(ぜん)大学」(本部・神奈川県逗子市)。その学生が熊本県阿蘇市に集まり、地域の現状や課題を学ぶ課外プログラムが今年2月下旬~3月上旬に実施された。野焼きをしたり街を散策したりしながら、自然環境の維持やデジタルデトックスについて考える内容。普段はパソコンやスマートフォンの画面を見つめながら学ぶ学生たちが、わざわざ地方に足を運んで学んだこととは?
ZEN大学は、動画配信サービス「ニコニコ動画」を運営するドワンゴ(東京都中央区)と、日本財団(東京都港区)が連携して設立した。IT技術を活用して全ての人に大学進学の機会を提供しようというのが開学の趣旨だ。オンラインで学位(学士)を取得でき、学科は知能情報社会学部のみ。ライブ映像やオンデマンドで授業を受けながら、卒業に必要な124単位を取得する。授業料は年間38万円。
卒業単位にカウントされないものの、約90の体験型課外プログラムを設けている。その約半分は国内外の各地に出かけ、短いものは1日、長いものは1カ月以上滞在しながら、体験学習をする。長崎県波佐見町では農地付きの一軒家で生活しながら、狩猟や陶芸、農業に挑戦。山口県長門市でも1カ月間かけて、林業に従事しながら森林資源の活用を考える。どのプログラムも、学生が自分らしく生き抜く力を養う機会になるような構成だ。
阿蘇のプログラムもこの一つ。関東や関西、四国、中国地方から19~44歳の9人が参加した。テーマは「千年の草原でデジタルデトックス 熊本・阿蘇の野焼きで自然共生を学び課題にコミットするプロジェクト」。2月28日から6泊7日の日程で国立阿蘇青少年交流の家に寝泊まりしながら、地域の現状や課題に触れ、解決策を探った。
野焼き体験では草原に出て、実際に火入れをした。炎の熱を感じながら草に火を付けた中満美穂さん(19)=広島県海田町=は「映像で見たことはあったが、実際にやったのは初めて。火を付ける位置や風向きを考えながら進める必要があり、安全管理も考えなければいけないと分かった」と振り返った。
地元の測量会社の協力でドローンの操縦を体験する場面もあった。ドローンは野焼きの点火や消火、監視作業での活用が急速に広がっている。学生は体育館で実際に操作し、活用の可能性を探った。
プログラムのコーディネーターを務めたZEN大学活動開発部連携推進課の太田稔さん(53)は「学生がリアルな体験として地域に入っていくことで、人と人とのつながりを知り、失敗する経験も積める」と意義を説明する。課外プログラムに参加した学生の中には「地方には『ない』というものがあった」と気付き、便利さについて考えを深めた人もいたという。
プログラムで訪れた地域に後日、個人的に訪れ、住民と交流する学生が出てくることも期待し、「若者が地域に根付くきっかけになるといい」と考える。
東京都千代田区の村岡諒さん(32)は「野焼き」のキーワードにひかれ、人口減や担い手不足の問題について考えてみたいと阿蘇にやってきた。データサイエンスや数学について学ぼうと入学したが、実際に学び始めると「言葉だけの学びはAIやインターネットに取って代わられるが、体験に基づいた学びは違う。新しい経験を積むことで、打ち込む検索ワードやプロンプトが充実してくる」と気付いた。今はいろいろな体験を積もうと、各地域でのプログラムに積極的に参加している。
仲間と同じ場所で過ごす中で気付くこともあった。村岡さんは「いつも仲間とはアプリでコミュニケーションを取るが、実際に会うとコミュニケーションの量が増えた。リアルでは『寒いね』とか一見無駄な会話があるからこそ、次の会話が生まれる」と話した。
徳島県上板町から来た森本陽大さん(20)は、角川ドワンゴ学園が運営するオンライン高校「N高」から進学した。「行動力を付けて自分を変えたい」と思って大学進学したが、この悩みは授業を受けているだけでは解決しないことに気付き、課外プログラムに参加した。
阿蘇に来て午前5時45分からの草原の散歩に参加すると、雄大な景色と澄んだ空気を肌で感じた。久しぶりにスマホから離れて時間を過ごし「デトックスできている」と実感した。
一番の収穫は仲間との出会いだ。「一緒にいると楽しいと感じる友達に出会えた。リアルのコミュニケーションの場面でも力になるような経験を積んでいきたい」