静岡県は沼津市に差しかかった時のことだ。
西へ西へと向かっていた私は、今回の旅の終着点・JR沼津駅を探していた。
スマホが世に出る前の時代だった。静かな住宅街に迷い込んだような形になり、どっちに向かったらよいものかと困っていた。
ちょうど、そばを自転車のおいちゃんが通りがかった。そこで道を尋ねてみた。おいちゃんは足を止めてくれると、陽気な調子でどこかの方向を指さした。
「ああ、あの若草神社が、見えるらあ?」
らあ、とな・・・
その後の説明はもう、申し訳ないがあまり頭に入ってこなかった。
「らあ」なんて言葉、生まれてこの方聞いたことがないぞ。
ゾクゾクするのを感じた。
関東を、出たんや!
このときの旅で私は、神奈川県川崎市を出発地点にしていた。藤沢、小田原、芦ノ湖畔で投宿し、箱根八里の旧道をふうふう言いながら下ってきた。それまで、人の話す言葉は特段印象に残らない標準語だった。
ここに至って初めて、土地の人の話す言葉が変わるのを体験した。
実に面白い発見をしたように感じた。
生活圏、文化圏というのが、今の時代もしっかりあるのだ。車や電車で人の行動域は昔に比べて格段に広がったとはいえ、やっぱり暮らしに根差した土地のオリジナル空間というのが、ある。そこでは人々が使う独特の語尾や言い回しがあって、よそのどこにもない持ち味を出している。
土地って、面白いなあ。
私たちを包んでいる空間は、ただのんべんだらりと無個性に広がっているものではない。どこか見えない境界線のようなものがあって、それぞれの土地がそこだけ、ここだけの魅力を放っている。一歩ずつ進んでいく旅だからこそ、こうした変化をブルブル肌身で味わえる。
それ以降、私は道すがら聞こえる人々の世間話などに意識を向けるようになった。そして、土地土地に教わる形で、家屋の色合いだったり、スーパーの総菜だったり、道ばたのお地蔵さまの姿形だったり、個性を放つさまざまなものに引かれ、目を向けるようにしている。
行く先々で味わいが違うため、楽しみは尽きない。
(旅師X)