―法務省が9月下旬、危険運転致死傷罪に「数値基準」を導入するための素案を示した。受け止めを。
「導入に賛成だ。捜査機関は間違いなく危険運転罪を適用しやすくなる。一般道を百数十キロで走行した車や多量の酒を飲んだドライバーによる死傷事故はことごとく危険運転罪になる」
「立証の際は速度やアルコール濃度を確認すればいいので、車の走行状況を細かく調べる必要もなくなる。現状のように『進行を制御することが困難な高速度』『アルコールの影響で正常な運転が困難』の成否が争われ、裁判が長期化することも減るはずだ」
―大分市の時速194キロ死亡事故(2021年2月)をはじめ、猛スピードの事故は後を絶たない。現状をどう見ているか。
「速度超過は飲酒、無免許と並んで交通三悪と呼ばれる。猛スピードで走れば事故の衝撃は大きく被害を生む危険性が高い。にもかかわらず、速度超過自体の罰則は道交法違反で拘禁刑6カ月以下に過ぎない」
「拘禁刑3年以下の無免許や飲酒と比べて極めて軽く、違反を甘く見てきた側面がある。数値基準は、高速度自体をターゲットにした初めての厳罰規定といえる」
―捜査上の課題は。
「速度鑑定が当然、重要さを増す。捜査実務としてはドライブレコーダーや防犯カメラの映像で速度を計算するほか、車に搭載された速度記録装置イベントデータレコーダー(EDR)を使う方法がある。いずれも使えないとなれば、事故現場や車の損壊具合から計測することになり、鑑定が難しい事例も出てくるかもしれない」
「数値基準を満たすかどうかは、衝突時の速度だけで判断するべきではない。あくまで事故との因果関係があるかどうかだ」
―因果関係とは。
「数値基準を超えるスピードの車が前方の車や歩行者に気付いて減速し、ぶつかった際には基準を下回っていたケースを考えてみてほしい。速すぎるゆえに回避できなかったのであれば、高速度と事故との因果関係がある。危険運転罪を適用するべきだろう」
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一定の速度超過や体内アルコール濃度があったら、一律に最長で拘禁刑20年の危険運転致死傷罪を適用する「数値基準」。国は来年の通常国会での法改正を視野に入れている。悪質事故の厳罰や抑止が期待される一方で、処罰範囲が過度に広がる懸念もある。元検事、弁護士、刑法学者、被害者遺族に話を聞いた。
たち・ゆういちろう 名古屋市出身。東京地検や最高検で検事を務めて、大阪地検交通部長時代は交通犯罪の捜査を指揮した。退職後、2018年4月から昭和大医学部教授(法医学)を務める。著書は「ケーススタディ 危険運転致死傷罪」など。