〈過去は変えられない。どんなに戻りたくても戻れない〉(28歳男性)
〈実刑を受けてやっと気付けた。今後、絶対に飲酒運転をしない〉(35歳男性)
過ちを犯した人の反省や後悔を伝える「償いのメッセージ展」が今月、福岡県庁(福岡市)で開かれた。飲酒運転で刑罰を受けた16人の手記が並び、来庁者が見入っていた。
多くが「自分は酒に酔わない」といった考えからハンドルを握り、重大な事故を起こしている。
福岡市では、2006年に「海の中道大橋」で3児が死亡した交通事故が起きた。家族5人が乗った乗用車(RV)に、時速100キロの飲酒運転の車が追突。RVは橋のガードパイプを突き破って15メートル下の博多湾に転落し、1歳の女児、3歳と4歳の男児が水死した。
加害ドライバーは福岡市の男性職員(事故当時22歳)だった。危険運転致死傷罪などで起訴され、11年に最高裁で懲役20年が確定した。
事故から19年目となる8月25日、北九州市で開かれた飲酒運転撲滅県民大会には、亡くなった3児の母である大上かおりさん(48)が初めて出席。報道陣に「子どもへの愛や喪失感、事故の苦しみや悲しみは19年たっても変わらない」と胸の内を明かした。
飲酒運転をするドライバーがいなくなり、撲滅大会を開かずに済む世の中になることを願う。
悲惨な事故が起こるたび、国は交通犯罪の厳罰化を図ってきた。
「海の中道大橋」事故で飲酒運転根絶の機運が高まり、07年の道交法改正につながった。酒気帯び運転は罰金刑が30万円以下から50万円以下になり、悪質なケースに科される懲役刑の上限は1年から3年に引き上げられた。
最長で20年間収監される危険運転罪が01年に創設されたのも、飲酒トラックが起こした死亡事故がきっかけだった。ただ、「海の中道大橋」事故では一審福岡地裁が危険運転の成立を認めず、業務上過失致死傷などで懲役7年6月の判決を言い渡している。
検察側は控訴し、二審福岡高裁で判断は覆った。危険運転罪の条文の曖昧さが遺族を苦しめる実情も世間に広く知られた。
交通死亡事故は今も絶えない。2000~24年の四半世紀に命を落とした人は、全国で12万5232人に上る。大分県内では1415人が犠牲になった。
「現代は人命軽視の車優先社会だ」。長年にわたって被害者支援の活動を続けている遺族の一人はそう表現する。
〈事故を起こさない自信があり、少しくらいなら大丈夫という認識の甘さがあった。全ては自業自得〉
福岡県のメッセージ展に集まった加害者の声には、交通ルールを軽んじがちな社会の姿が映し出されている。