大分を舞台にした小説「52ヘルツのクジラたち」で本屋大賞を受賞した作家、町田そのこさんの新刊「初恋をしまう日」(講談社・2255円)が21日に発売された。
「中学二年にして初めてできた彼氏との、初めてのデートは、ラクテンチだった」の一文で始まる本作は、別府で生まれ育った2人が主人公。別府ケーブルラクテンチやそこから見える夕焼け、街の景色などが美しくも温かく描かれ、物語に彩りを添えている。
中学時代に引かれ合いながらも、離れることとなってしまった恋人同士に13年の時がたつ。切なく締め付けられる直球のラブストーリーであり、町田さんらしい周囲、家族を含めた深い人間ドラマにも仕上がっている。
デビュー10周年に心に染みる恋物語を送り出した本屋大賞作家に、創作のエピソードなどを聞いた。
■「好きな土地を書きたかった」
―これまでも人間関係や家族のドラマを書かれており、今度は「初恋」がテーマ。発想のきっかけは。
「初恋は成就しないとか、実らないとかいう言い方が多いが、私はそれをどんなふうにピリオドをつけるかの物語を書きたかった。恋愛には絶対家族というものが切っても切り離せず絡まってくる。2人で完結するものではないと考えており、その辺を意識した」
―舞台に再び大分の別府を選ばれた。
「『52ヘルツのクジラたち』を映画化して大分に行くことが増えたとき、改めて別府はすごくいい土地だなと思った。大分は今、月に1回ぐらい温泉に入りに行くほどで、好きな土地を書きたかった」
―主人公の茜と碧生(あお)2人の視点を交互にして、それぞれのたどってきた道がなぞられるという形で物語は進みます。
「私は大体一人称で主人公が最後まで引っ張る小説か、あるいは主人公を変えていって連作短編で一つの物語を紡ぐという二つのパターンが多いです。一つの物事を2人の視点から描いたことはなかった。実際やってみると、2人の子どもの話から大人になった話と、『相手は自分をどう思っているんだろう』との想像と答え合わせみたいなものが交互に出てきて、新しいチャレンジとしてとても楽しかった」
―2人を含めた登場人物の家族の在り方もそれぞれ多様で印象的でした。
「私は恋愛を超えた先の結婚というところにもとても興味があり、人が結婚して共に生きていく相手がいる物語が好き。共に生きていくなら、家族という扉がある。どう折り合っていくかは外してはいけないと思うし、恋愛は終わっても家族がいるとか、家族がいるから諦められるものがあるとか、さまざまな形を書いてみたい」
―デビュー10周年。本屋大賞受賞時に「誰かを助ける物語を書きたい」と話していました。
「全く変わらないです。読んだ後に『良かった。明日も頑張ろう』って本を閉じ、誰かを少しだけでも楽にさせる物語だけを書き続けていきたい」
―大分の読者へメッセージを。
「私の好きな大分を書いたつもりです。景色の美しさや人の温かさが伝わって『いいところを書いてくれた』と思ってもらえるとうれしい。恋愛小説というくくりですが、家族で進めていく物語でもあり、家族小説としても読んでほしい」
まちだ・そのこ 1980年生まれ。福岡県在住。「カメルーンの青い魚」で、2016年「女による女のためのR―18文学賞」大賞を受賞。17年に同作を含む「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」でデビュー。「52ヘルツのクジラたち」で21年本屋大賞を受賞した。他の著作に「蛍たちの祈り」「コンビニ兄弟」シリーズなど。新聞小説「カレイドスコープ」(25年2月から26年2月まで本紙掲載)は来年書籍化される予定。
<あらすじ>兄の犯罪によって茜は故郷の別府を追われることになり、地元の名士ながら苛烈な父親を持つ碧生(あお)との初恋は、突然の終わりを迎える。13年の時を経て新天地で日々を送る彼らだが、目をそらし続けた過去と向き合わねばならない時が近づいていた。2人が、かけがえのない初恋に下す決断は…。