乃南アサ著「いっちみち」
2021年の刊行時に最初に手に取ったきっかけは、文庫オリジナル短編アンソロジー「いっちみち」(新潮文庫)の表題作が、大分の臼杵市が舞台となっていたからだった。
中学時代に家族の起こした不祥事で故郷の同市を離れた女性がコロナ禍に30年ぶりに帰郷する。懐かしい街を巡りながら回想する過去と現在は人間の弱さともろさを照らし、切なく悲しいストーリー。だが、名所や食、タイトルが象徴する方言など地元色がふんだんに盛り込まれて楽しめ、最後にはほんわかとした光を見せてくれた。
以下も同様の物語が続くかと読み進めたが、そこは冷徹でもあり巧みな人物造形、心理描写で日常の中の狂気を書くことにたけた著者。そうは問屋が卸さなかった。
描かれるのは、行き過ぎとも思える清潔さを求めるようになった家族(「ルール」)、母の実家で家業に受け継がれる秘密を知ってしまった息子(「青い手」)、祖父の死を“先延ばし”にしたい孫娘(「4℃の恋」)、両親を事故で失いわが家にやってきた、何かを秘めたいとこ(「夕がすみ」)、男性アイドルにつきまとう女性(「青い夜の底で」)など8編。
どの話も、エゴや自我丸出しの極端に振れすぎたキャラクターのオンパレードでありながら、語り口はあくまでも淡々としており、滑稽で残酷でシュール。
フィクションでありデフォルメされていることを理解しながらも、十分に現実とも感じさせるリアルさも内包。独特の世界に引き込まれ、怖さの一方でなぜか笑いも禁じ得ず癖になる。
20年の表題作以外は、2000年前後に発表されたものだが、全く古びていない点も魅力。読む者により、ホラーともコメディーともミステリーともなるだろう。
デビューから一貫して大事にしてきたのは「時代と人を書くこと」と語る著者の真骨頂を堪能できる一作。人間のほろ苦さ、恐ろしさ、温かさ、不思議さが詰まっている。
(高橋桂子・大分合同新聞記者)