未知の言葉が呪文のように響き、意味をつかもうとする気力さえ奪っていく。突然、マイクを向けられ、心臓がドキリと鳴った。
1月、別府市内であった講演会。あなたは親に連れられバングラデシュに引っ越してきた転校生です―。そんな説明で始まった現地語での授業の再現を受け、頭に浮かんだ言葉は「ひとりぼっち」だった。
市教委の日本語指導員立山愛さん(53)がユニークな実演を企画したのは、来日して学ぶ子どもたちの心境を想像してもらいたかったから。教師役は同国出身児童の母親が務めた。
〈ジャックフルーツが12個取れました。3個食べたら残りはいくつですか?〉
「呪文」の答えは算数の問いだった。立山さんは種明かしの後に続けた。
「この状態が何時間も、何カ月も、数年も続くとしたらどう思いますか」
日本語能力は授業に付いていけるかにとどまらず、自尊心や自己実現の問題にも関わる。
立山さんは市内で日本語指導を続ける中、そんな風に思わされる子どもたちに複数出会ってきたという。
別府中央小で教えたバングラデシュ出身の児童は日本語が全くできなかった来日当初、口癖が「ノーワン・ライクス・ミー」(私を好きな人なんていない)だった。南立石小で支援した中国出身の児童は将来の夢を「皿洗い」と答え、理由を聞くと「日本語が話せないから」と説明した。
違いを珍しがって話しかけていた周りの子どもたちも、意思疎通が難しいと分かると離れて行く…。先生は「話せないなら仕方ない」と宿題を免除する…。
立山さんの目には、外国人児童・生徒の可能性を左右するのは本人の努力だけでないように映る。
「一人で壊せない壁も応援団がいたら違うはず」。鍵は周囲がどう関わるかだ、と考えている。
「応援」を体現する動きがある。外国ルーツの子どもたちに寄り添い、教育・生活環境の向上を目指す「多文化に生きるこどもネットワーク大分」だ。
小学校教諭や日本語支援員らが集う。特徴的なのが、日本語教育を母語やアイデンティティーの課題と一体的に捉える視点だ。
実践の一つが「多言語スピーチ会」と名付けた意見発表会。子どもたちが「自分の気持ちに向き合い、輪郭を付け、伝える機会になれば」との願いから、テーマもどんな言語で話すかも決まりがない。8月下旬、別府市内であった第6回大会には、インドネシア、コロンビア、米国などにルーツを持つ児童らが参加した。
「日本語を上手に話せないときはとても心細かった」「夏休みに中国のおじいちゃんたちに会いに行き、ヤギのミルクを毎日のように飲みました。僕を大切にしてくれる人がいるので、また行きたいです」
約70人の観客に見守られ、子どもたちは脚をかいたり、服をいじったりしながら緊張した様子を見せた。それでも話しきるたび、大きな拍手を浴びた。
立山さんも「ネットワーク大分」の活動に加わりながら、学校現場での応援を模索する。踏み入れるのは、言語指導の枠に収まらない領域だ。
試みの一つが「おなまえ屋さん」の企画。日本人児童の名前を外国ルーツの児童が母語に書き直して示し、楽しんでもらう。「日本語が苦手な彼ら」を「別の言語も話せる存在」に反転させてみせ、人間関係を橋渡しする。
校内の日本語教室の愛称を決める投票は、教室外の生徒も巻き込んで「違うことを楽しむ輪」を大きくしていくことを狙う。
「この前、教え子に久しぶりに会ったとき『先生に出会えて良かった』と言ってもらえたんです。ちょっと自慢です」
かつて「私を好きな人なんて…」と自己否定が口癖だった児童は副児童会長になった。「将来の夢は皿洗い」と語っていた子どもは、情報分野を学ぶ道に進んで行ったという。