NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」を毎週楽しみにしている。演出があざとく感じられることがなくもないが、伏線の張り方やせりふ回しがとても巧みで面白い。しかし残念なことが起こった。中川清秀の「裏切り」である。
史実では羽柴(豊臣)側として賤ケ岳(しずがたけ)合戦に参陣した清秀は、柴田勝家側に攻められ命を落とす。ところがドラマでは柴田側に寝返った挙げ句、こともあろうか(羽柴側に寝返った)前田利家に刺殺されてしまった。私はシーンを見た瞬間思った。「清秀は岡藩初代藩主の父親。竹田市の皆さんは怒り心頭なのではないか」。利家の「裏切り」と清秀のそれを対比させる演出上の意図を強く感じたが、演出、脚本ともに素晴らしく、清秀の「裏切り」がなくても利家の「裏切り」は十分成り立っていたと思う。
大河の演出は時に物議をかもす。私は1996年の「秀吉」を思い出した。黒田官兵衛が肖像画には描かれていない黒い眼帯を着けて登場したのだ。時代考証を担当したのは小和田哲男さん(静岡大名誉教授)。歴史好きなら知らない人はいないくらいのビッグネームだ。後年NHK番組でこの点を問われ、小和田さんは答えている。「(官兵衛が眼帯を着けていたことを)否定する史料がありませんから、いいんです」。私はあっけにとられた。
無論「ドラマ」なので面白くする演出はあっていいし、史料が残ってなく事実が分からない部分は創作で補うことも必要だろう。ただ、歴史的事実の矩(のり)を喩(こ)えてはいけないのではないか。大河が罪作りなのは、観た人がそのまま信じてしまうきらいがあることだ。視聴者の記憶には「清秀は裏切り者」と刻み込まれただろう。NHKには重々お知りおきいただきたい。
「裏切り」は果たして必要だったのか。時代考証を担当しているお二方にぜひ見解を聞いてみたい。一大河ファンとしても。(南)