29年ぶりに夏1勝を挙げ、夕暮れの甲子園に校歌を響かせた大商ナイン。主役は何といっても最速151キロを投じ、高校野球ファンをうならせた平田玲翔主将(3年)だろう。試合後のお立ち台でも堂々としていた。祝勝ムードに包まれる中、ただ一人うなだれている選手がいた。先発した米田泰志投手(3年)だ。
「力が入り、低めに投げようと思ったけど、浮いてしまった。そのボールを打たれてしまった…」
地方大会のチーム打率が4割超の強力打線を相手に、序盤からフルスロットルだった。ただ「絶対に抑えてみせる」と気持ちが入り過ぎるあまり、生命線の制球に苦しんだ。三回、2巡目を迎えた相手打線は、ストライクを取りにいく初球が甘くなったのを見逃してはくれなかった。
立て続けに3連続ヒット。それでも那賀誠監督は、制球を武器に打たせて取る右腕を信じた。ただ次打者に2球ボールが続いたところで無念の降板。直後に大黒柱が大ピンチを無失点で切り抜けると、一気に「潮目」が変わった。
高校野球ではかつて「エースと心中」という言葉がよく使われた。チームで一番の投手が最後まで投げ抜くのは当たり前で、一発勝負の甲子園ならなおさら、ということだろう。
「平田」で全部いく方が勝てるのではないか―。外からはそういう見方もできるかもしれない。ただ現代の、特に今年の大商に限れば、それは違う。
「3年生にとって夏は集大成。積み重ねてきた経験がものをいう」とは那賀監督の談。大分大会では米田が全試合に先発し、試合をつくった。「米田の直球に目が慣れれば、平田は打てない」という必勝の継投パターンも確立。指揮官が“包み隠さない”ため、毎試合「予告先発」の立ち位置で大役を担ってきた。集大成の夏に、さらに経験を積み重ねてきたといえる。
初戦突破から2日後。練習場にはいつもの“キリッ”とした米田がいた。打撃投手に入り、主力組から凡打の山を築く。その姿をギラギラした目で見つめていたのが、大分大会で中継ぎを担った宮本翔央(3年)と染矢春(3年)だ。
「あのマウンドに立てた経験を次に生かさない手はない。自分は大阪入り後は絶好調でいつでもいけます」と右横手の宮本が米田を励ましつつアピールすれば、「平田は別格にしても、米田だってあんなもんじゃない。自分の方がいい球投げてやります。代わってほしい」と染矢も切磋琢磨(せっさたくま)してきたライバルにハッパをかけていた。
「長い夏」にするために米田の復調は欠かせない。「平田は毎試合、お手本になるピッチングをしてくれる。甲子園初戦は自分の仕事が正直できなかったけど、いつも通りに低めに丁寧に集め、打たせて取るピッチングをしたい」
仲間と一緒に迎えた集大成の夏。今度こそ、甲子園をうならせる。(福)