「郷に入れば郷に従え」「できないなら国に帰れ」
日出町南畑でイスラム教徒(ムスリム)の団体が土葬墓地整備を計画したことに対し、そう批判する声を町内や交流サイト(SNS)上で見聞きする。現代日本の火葬率は99・9%(厚生労働省2024年度調査)。外国のよそ者が身勝手な要求をしている―と感じたとしても不思議ではない。
団体の中心メンバーは、イスラム教が国教のパキスタン出身者ら。ただ、彼らは日本国籍を取得している。県内には日本社会で育った教徒もいる。「ムスリム=外国人」の構図が絶対でないとしたら、「郷」を語る人たちの考えは変わるのだろうか。
大分県で生きる日本人ムスリムに会いに行った。
鋭い眼光に、迎合と無縁の硬質な語り口が相まって、多少の近寄りがたさを覚える。
5月中旬、別府市若草町のイスラム教礼拝所(モスク)「セントラル九州マスジド」に現れた60代の日本人男性(県内在住)にはストイックな雰囲気が漂っていた。その分、時折見せる笑みに救われる気がする。
20代で改宗し、聖典「クルアーン」を守って生きてきた。日中の飲食を慎む「ラマダン」(断食月)、酒や豚肉を口にすることの禁忌、喜捨の義務「ザカート」…。職場でも休憩時間に祈り、功徳を積んできた。
仏式葬儀への参列を控えたりと、日本社会の少数派である立場を自覚させられる場面はある。それでも困り事は多くない。信仰と生活が一体の道を「これからも真っすぐ行けたらいい」と話す。
先祖代々、県内で暮らしてきた家系。自身も日本人両親の下に生まれた。
高校を卒業して関東に出た時代、故郷の方言を理由にいじめられた。「同じ日本人なのに。仲間とは思えなかった」。当時の記憶は今も消えない。
精神の危機に直面した経験は、絶対的な導きを求めた背景の一つだ。「熱心とは言えなかった仏教徒」からムスリムに改宗した。
いま、モスクを訪ねれば「きょうだい」に会える。海外に行っても国籍や言葉を超えた「家族」が迎えてくれる。「ムスリムでなければ出会えなかった人たちがいる」。信仰で結ばれたコミュニティーに帰属する温かさを真っすぐに語る。
ただ最近、気がかりなのは、国内でイスラム教を敵視するような雰囲気が強まっていることだ。ムスリムが「弱い者いじめの標的」になっていると不安を示す。
「このままでは、いずれ国から追い出される事態になるんじゃないか…。私は日本人で、ここは自分の居場所であるはずなのに」
日出町での土葬墓地整備に町がストップをかけ、頓挫したニュースには言いたいことがたくさんある。
土葬は合法的な選択肢であり、地元住民が懸念した「水源汚染の可能性」も町自身が否定している。
それでも認められない状況とは一体何なのか―。
「しきたりのようなものがまかり通っているように見える。そうであるならば法治国家とは言えない」
一方、周囲には信仰に理解を示し、友好的に付き合ってくれる人たちもいる。厳しい言葉で非難した後、男性はトーンを整え付け加えた。
「そのことは神に感謝しなければならない」