「償い」とは何を指すのか。長期間にわたる服役なのか、過ちを忘れないことなのか。
大分市で2021年2月に起きた時速194キロ死亡事故の被害者遺族、長(おさ)文恵さん(60)は「加害者が償う方法はない、と思う。だって、何をしても失われた命は戻ってこないから」と考えている。
弟の小柳憲さん=当時(50)=は乗用車を運転中、猛スピードの車に激突されて亡くなった。加害ドライバーの男は当時19歳だった。
もし弟の車が頑丈な大型トラックだったら加害者の方が死亡していたのでは、と想像することがある。「忘れてほしくないのは、君の命は憲が死ぬ代わりに助かったということ」と続けた。
男は24年11月、危険運転致死罪に問われた一審大分地裁の法廷で、後悔の言葉を口にしていた。「身勝手にスピードを出し、大切な命を奪った。あまりに浅はかだった」と、遺族に向かって頭を下げた。「出所しても運転免許は取りません」とも述べた。
初公判の前には、謝罪の手紙も送っている。
〈私の家族がもし同じような目に遭ったら、私は立ち直れないと思います〉
〈許されるのであれば、ご遺族の方に直接謝罪させていただきたいと思っています〉
長さんら遺族は、男の言葉を信じることができなかった。「刑を軽くするための行動じゃないか」という疑念を拭えないからだ。
男は子どもの頃から明るく活発だったという。県立高を3年間皆勤で卒業し、会社勤めをしていた。
事故を起こした時は、社会人1年目だった。5年以上が過ぎたが、科される刑罰は定まっていない。
一審は危険運転致死罪で懲役8年の判決。今年1月の二審福岡高裁は一審を破棄し、過失運転致死罪を適用して懲役4年6月とした。過失という裁判所の判断を不服とした検察側が最高裁に上告中だ。
男は今年、25歳になる。自らの過ちで彼が人生を大きく狂わせたことは、長さんも分かっている。「加害者も含めて、みんなが何かを失った」と絞り出した。
大切な家族を奪われた―。その事実が暗く、重く心にのしかかる中で、罪が正しく裁かれることが、かすかな希望になっている。
大分市の194キロ交通死亡事故は危険運転致死傷罪という法律が十分に機能せず、関わる人たちを苦しめている実情を世間に強く印象付けた。現在、国会では法改正に向けた議論が大詰めを迎えている。「弟の命」が社会を変えたのだと思う。
最高裁まで持ち込まれた裁判の終わりは見通せないが、加害者の男もいつか刑期を終え、歩み直す日が来るだろう。
「彼にとって、人の命を奪ったという事実は決して消えることのない失敗でしょう。そのことが『過去』になるような、人のために感謝される人生を歩んでほしい」と長さんは口にした。
ただ「直接会って話したい」と考えたことは一度もない。今も憎しみが消えないからだが、それだけではない。「目の前で謝罪されたら、受け入れてしまう気もするから」と付け加えた。「憲のために、私は許すわけにはいかないですよね」
自身の心の中にある感情が何なのか。ずっと探しているようだった。