「池袋暴走事故」。日中の繁華街で、信号無視の車が次々と通行者をはね、幼い子どもと母親が死亡。被害者が計11人に及ぶ悲惨な交通事故として記憶されている。
運転していた飯塚幸三氏は1年半前、93歳で亡くなった。老衰による獄中死だった。
「無念だったと思う。できれば出所後、交通事故撲滅のために一緒に活動したかった」。悲劇から7年。妻子を失った松永拓也さん(39)が思いを語った。
事故は2019年4月19日午後0時25分ごろ、東京・東池袋で起きた。時速60キロで走行していた乗用車が急に加速。赤信号を無視して多くの人が通行していた交差点に進入した。
刑事裁判の記録などによると、乗用車は自転車で横断歩道を渡っていた松永さんの妻真菜さん=当時(31)=と、後部の幼児用座席に座っていた長女莉子ちゃん=当時(3)=に衝突した。
この時、速度は96キロに達していた。真菜さんの体は信号機の高さまで跳ね上げられ、50メートル先の道路にたたきつけられた。莉子ちゃんも遠くに弾き飛ばされた。自転車は真っ二つになっていた。
ハンドルを握っていた飯塚氏は1931年生まれで当時87歳。ブレーキと間違えて、アクセルペダルを踏み続けていた。
過失運転致死傷罪に問われた飯塚氏は、東京地裁で開かれた公判で、「踏み間違えはない。車の異常で暴走した可能性がある」として無罪を求めた。捜査機関が事故車両を解析した結果、故障を裏付ける証拠は確認されなかったが、主張を変えなかった。
飯塚氏は、日本の工業分野の発展に尽力し、勲章も受けた元通産省工業技術院の院長だった。「トップクラスの工学的知識のある彼なら、自分の言っていることに無理があると分かるはず」。松永さんは怒りを抑えられず、被害者参加制度を利用し、法廷で意見を述べた。
「その考えを突き通すなら、一生重い十字架を背負う覚悟をしてください。真菜と莉子の命は戻りません。感情を逆なでされ続けた私たちの心も、決して元には戻らないでしょう。重い実刑判決を望みます」
東京地裁は21年9月2日、飯塚氏の言い分を退け、「10秒間にわたってアクセルペダルを踏み続けた」と認定。禁錮5年(求刑禁錮7年)の判決を言い渡した。
きっと控訴するだろう―。松永さんは裁判が長引くことを覚悟していたが、飯塚氏は判決を受け入れる意向を示した。実刑判決が確定し、同年10月、90歳で刑務所に収監された。
判決から1年後。松永さんのもとに飯塚氏から手紙が届いた。
〈私の踏み間違いだった〉。刑務所で裁判の証拠と判決文に向き合い、これまでの主張の誤りを認める内容だった。
〈もっと早くに車の運転をやめていれば、事故を起こさないで済んだと思います。運転を続けていたことは今も後悔し、反省しています〉
松永さんは、直接会って話がしたい、と思った。