「とり天発祥」別府市のレストラン東洋軒が100周年 行列絶えない人気店、食文化築く

創業100周年を迎えた「レストラン東洋軒」=別府市石垣東

 【別府】「とり天発祥の店」として知られる別府市石垣東の「レストラン東洋軒」が創業100周年を迎えた。創業者は別府観光の父、油屋熊八との出会いから別府に拠点を移し、多くの客人をもてなした。泉都の食文化を築き、地元民や観光客にも愛されてきた。4代続く老舗は次の100年に向けての気持ちを新たにしている。
 創業者の宮本四郎は、日本の洋食レストランの草分け的存在である「東洋軒三田本店」(東京)で修業。その後もキャリアを重ね、大阪や台湾のホテルで料理長として腕を振るった。
 転機は療養のため訪れた別府での熊八との出会い。旅館を改装して誕生した亀の井ホテルの初代総料理長として迎えられ、政財界の重鎮や文人に料理を振る舞った。四郎は総料理長をしながら、1926(大正15)年4月1日、同市楠町に東洋軒を開業。社史によると、県内初の洋食レストランとされる。高級な店構え、当時は珍しい西洋料理と中華料理を味わえる市民憧れのレストランとして名をはせた。
 名物のとり天は日本の天ぷらをヒントに四郎が考案。新鮮な卵、小麦粉と片栗粉の衣でやわらかく揚げたとり天は多くの客に愛される看板メニューになった。歴代の料理人が味を極め、県内に広まったとされる。
 長い歴史の中には困難もあった。2代目丞(すすむ)に引き継がれてからも店は順調に発展したが、83年に店舗が火災に見舞われた。丞が若くして亡くなった後、3代目の博之さん(69)が再起を図る。小さな出前専門店から始め、95年には現店舗に新築移転を果たした。今では平日でも行列が絶えない人気店になっている。
 引退した博之さんは「熊八の『旅人をねんごろにせよ』の言葉通り、観光客をもてなし、食文化を守り続けてきた。今後もより多くのお客さまをお迎えしたい」と語る。
 4代目の稲尾徹社長(42)は「一日一日を積み上げてきた。これから先の100年もお客さま、従業員、その家族と一緒に歩んでいきたい」と話している。

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 創業記念日となった1日、来店1人目の家族に記念品を贈った。
 高知市から家族旅行で訪れた自営業の坂井拓さん(50)、妻の絵美さん(44)、長男優さん(10)、次男智さん(8)。絵美さんは「大分の名物を調べてやって来た。初めてのとり天で楽しみ」と笑顔を見せた。

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