危険運転致死罪の適用を求めて、またしても被害者遺族が声を上げる事態が生じている。昨年12月に埼玉県狭山市の国道で起きた死亡事故。時速120キロの車が青信号の横断歩道を渡っていた被害者をはねて、そのまま逃げた―とされる。ドライバーは事故時に飲酒していた疑いもある。法定刑の軽い過失運転致死罪で起訴した検察に対し、遺族は再考を迫る署名活動を始めた。かつて、同じように検察の判断に翻弄(ほんろう)された大分市の時速194キロ死亡事故の遺族も「なぜ過失なのか。訴因を変えるべきだ」と問題視している。
事故は昨年12月22日午前0時5分ごろ、狭山市内の国道16号交差点で起きた。現場は片側2車線の直線道路で、法定速度は60キロだった。
起訴状などによると、赤信号だったにもかかわらず、乗用車は法定速度の2倍に当たるスピードで進んだとされる。横断歩道を渡っていた近くの会社員森口和樹さん(25)をはね飛ばし、救護することなく立ち去ったという。
約2時間後。現場から4キロ離れた入間市内で、埼玉県警の捜査員が車を確保した。運転していた狭山市の塗装工の男(20)を道交法違反(酒気帯び運転)の疑いで現行犯逮捕した。関係者によると、アルコール濃度は検知した時点で、呼気1リットル当たり0・15ミリグラムの基準値を大きく超えていたという。
県警は今年1月8日、危険運転致死容疑で男を再逮捕した。ところが、さいたま地検川越支部は同28日、危険運転致死罪を適用せず、過失運転致死罪と道交法違反のひき逃げ、酒気帯び運転で起訴した。
危険運転罪の法定刑は最長で拘禁刑20年で、過失運転罪(拘禁刑7年以下)より格段に重い。
森口さんは全身を打ち、救急搬送される際には既に心肺停止だったという。死因は多発外傷。
遺体は首から下にシートがかけられ、病院関係者は遺族に「見ない方がいいと思います」と伝えた。母の美智代さん(54)がシートの上から手で触れると「脚がある感触はなかった」。
子どもが好きで保育士を目指して大学に通い、地道に頑張る末っ子の三男坊だった。「和樹は人を傷つけたり、いじめたりすることもなく、真面目に25年間生きてきた。むごたらしい目に遭って死ぬなんて…」。美智代さんは声を詰まらせる。
遺族は検察の対応に納得できていない。
起訴罪名が逮捕容疑から変わったにもかかわらず、担当した副検事による説明はなかったという。起訴から2週間後の2月中旬、検察庁を訪れて危険運転罪で訴追できなかった理由を聞いたが、「捜査を尽くしたとは思えない」と受け入れられなかった。
初公判は4月24日、さいたま地裁川越支部で予定されている。美智代さんら遺族は「このまま過失運転にしていいわけがない」と考え、2月下旬から危険運転罪への訴因変更を求める署名を集めている。オンラインを中心に4万7千筆を超えており、今月25日に検察側に提出する。
危険運転罪は▽アルコールの影響で正常な運転が困難▽進行を制御することが困難な高速度▽赤信号をことさらに無視―といった運転を対象にしている。成立するかは、事故前後の走行状況や加害者の認識などが判断要素になる。
事故捜査に詳しい元最高検検事の城(たち)祐一郎氏(68)=昭和医科大教授=は「証拠が明らかでないので、危険運転罪の成否にコメントはできない」と述べる。
ただ、「過失運転致死アルコール等影響発覚免脱罪」(拘禁刑12年以下)が成立するとの見方を示す。「飲酒」の発覚を避ける目的で、逃走したりして体内濃度を下げる行為に厳罰を科す規定だ。
城氏は「事故から2時間後に一定のアルコール量が検知された。衝突時はもっと多量のアルコールが体内に保有されていたはずで、本人も酒気帯び運転を認識していた疑いが強い」と指摘する。
発覚免脱罪が認定されれば、ひき逃げ罪と併合罪になり、法定刑は最長で拘禁刑18年になる。「検察がどうして発覚免脱罪で起訴しなかったのか理解できない。訴因変更するべきだろう」と話している。
■「数値基準」なら危険運転適用
危険運転致死傷罪の処罰範囲を明確にするため、政府は今夏にも自動車運転処罰法を改正し、「数値基準」を導入したい考えを示す。▽一般道で規制速度の50キロ超過▽呼気1リットル中0・50ミリグラム以上のアルコール濃度―などを満たせば、反論の余地なく適用する案にしている。
この数値基準なら、60キロの速度超過が疑われる狭山市の事故で、被害者遺族が署名活動を始める必要はなかった。
法改正のきっかけの一つは、大分市で2021年2月に起きた時速194キロ死亡事故だった。大分地検は当初、過失運転致死罪で加害者を在宅起訴。遺族が訴因変更を求める署名活動を展開すると、危険運転罪に切り替わった。
事故の遺族で、「高速暴走・危険運転被害者の会」の共同代表を務める長(おさ)文恵さん(60)は「遺族が声を上げなければいけないのはおかしい。狭山市の事故は悪質。過失運転とした検察の判断に世の中も納得しない」と話している。
<メモ>
大分市の時速194キロ死亡事故は2021年2月9日深夜、大分市大在の一般道(法定速度60キロ)で発生した。当時19歳だった男(24)は乗用車を時速194キロで走らせ、交差点を右折してきた乗用車に激突。運転していた同市坂ノ市南、会社員小柳憲さん=当時(50)=を出血性ショックで死亡させた。24年11月の一審大分地裁裁判員裁判は危険運転致死罪で男に懲役8年の判決を下した。二審の福岡高裁は今年1月22日、一審判決を破棄。過失運転致死罪に変更し、懲役4年6月に減刑した。検察側が最高裁に上告している。