【宇佐】南北朝時代に後醍醐天皇の皇子懐良(かねよし)親王の側近として活躍した田辺善勝らの墓と伝わる宇佐市赤尾の吉池墓地が、子孫や地元住民の手により整備された。雑草が生えて墓石も倒れていたが、きれいに手入れした。保存会も結成し、「地域の歴史を守り伝えていく」と決意を新たにしている。
南朝方の善勝は親王の九州遠征に従い、1396年の中津池永(錆矢堂)の戦いで戦死した。息子の善政は赤尾に逃れて父の墓を建て、親王の御霊(みたま)も祭ったという。その後、子孫らが円墳形の墓地を守ってきたが近年、荒廃が進んでいた。
墓地の整備は地元区長の吉田啓示さん(76)が住民や、子孫に当たる市内江須賀の中野眼一さん(85)=宇佐胃腸内科医院名誉院長・豊日史学会長=に声をかけた。
敷地を広げて雑草が生えないようコンクリートで土台を固めた。墓石を立て直し、案内板も設置。昨年12月から2カ月かけて工事を進め、約220万円の費用は中野さんが立て替えた。
墓地の保存会は2月中旬に地元住民ら10人ほどが集まって立ち上げ、寄付を募りながら維持管理に取り組むことを決めた。3月12日午後2時から、完成記念の祭祀(さいし)を執り行う。
中野さんは「ご先祖さまも喜んでいるだろう。北朝方の追及を逃れるためか、墓石に碑文は刻まれていないが、大変貴重な遺構だと思う。ぜひ歴史好きの人にもお参りに訪れてもらいたい」と話している。