「香りといい食感といい、山香米は最高においしい。ここなら自分のやりたいことが実現できると思ったのが始まりです」
船口凌さん(29)が大分に移り住む決め手は山香米だった。今年5月、杵築市山香町下に念願の古民家の宿をオープンさせた。大阪から移住し、山香の食や自然、文化などの魅力を詰め込んだプログラムを提供している。
古民家再生を仕事にしようと大阪で全国の空き家を探していると、縁あって山香の物件を紹介された。訪ねた先でご飯を振る舞われると「電気が走った」。香り、食感、食味、これまでに感じたことがないおいしさだった。
まずは大分にやってきた昨年6月から1カ月間、JR大分駅周辺で靴磨きをした。大分の人を知る、自分自身を受け入れてくれる土地かを知るためだった。お客さんの話を聞き、尋ねられれば自分の夢も語った。
料金を設定するわけでなく、投げ銭方式。大阪だと1円からの攻防だが大分は違う。母親ぐらいの女性は「あなたの夢を応援したい」と5千円を差し出した。ある学生は500円を払ってくれた。「大分の人は夢を応援してくれる」と感激した。
あふれんばかりのエネルギーは陸上で鍛え上げてきた気力と体力に由来する。高校から大学は競技に打ち込んだ。専門は短距離。福祉系企業のサポートを受けながら選手活動を続けた。日本選手権で6位になった実力者だが、2022年1月に引退。今後、何を目的に生きるかを考え、自分を見つめ直した。
出身の大阪で神社掃除や町のごみ拾いをしながら、路上バーを始めた。「語り合える場をつくりたかった」。神社のマルシェで天然香料の線香を売っている現在の奥さんと出会った。結婚後、2人で会社を設立。民宿を中心に、淡路島産の線香販売とSNS発信支援の三本柱を掲げる。
山香の古民家再生では建築士の力も借りながら、解体や再生の技を学んだ。大阪や大分の仲間と一緒に壁や天井を剥がし、リフォームした。早速、田んぼも借りて無農薬米作りにも挑戦した。野菜も育て、山菜採りも始めた。
別府市鉄輪東の保険営業、菅雄貴さん(30)は、船口さんのチャレンジに魅せられた一人。空き家のリフォームでは共に汗を流した。「凌さんのエネルギーがすごい。僕も人と人のつながりを作りたいと思っていたので参加しています」と笑み。船口さんは民宿のオープンの日を菅さんの誕生日に合わせた。一緒に夢を追いかける仲間だ。
米作りのために借りたのは山あいにある1反(約千平方メートル)の田んぼ。うまい米を収穫するには手間暇かかる。無農薬米なので夏場は草取りが欠かせない。水の管理にも気を使う。イノシシや害虫の被害に苦労しながらも、10月18日に稲刈りを迎えた。
この日は大阪や大分などから仲間ら12人が集まった。鎌で刈り取り、掛け干しをした。夜はバーベキューで頑張りをねぎらった。宿の名前「りらいふ」には、訪れた人に生きる力を充満できる場にしてほしいという願いを込める。自身の生き方を見つめ、山香暮らしの体験で得た確信をお客さんに提供していく。それが“船口流”だ。