時速100キロで事故を起こした場合、死亡・重傷率は60キロ時より5倍高まる―。法務省が見直しを進めている危険運転致死傷罪の議論をきっかけに、工学研究者が高速度事故の危険性を独自に算出した。スポーツカーなど高性能の車なら一定の安定性を保てるものの「安全性とは別。一定の高速度になると人体が耐えられる衝撃を上回り、命を守り切れない」と指摘している。
車の安全設計を研究している福山大工学部(広島県福山市)の関根康史准教授(62)が5月、論文で発表した。交通事故総合分析センター(東京)が保有する数万件の事故データと速度に応じた衝突エネルギーを分析。車のサイズと速度ごとの死亡・重傷率を割り出した。
重さ1・7トン以上のやや大型の乗用車が、静止中のコンパクトカーに時速60キロで正面衝突した際は、コンパクトカーの乗員の100人中3人が命を失うか、重いけがを負う。100キロだと約5倍の16人に跳ね上がる。
「暴走行為」と位置付けた120キロは28人、150キロは51人。200キロだと100人になり、「安全技術で人命を保護することは難しい」という。
いずれも、双方のボンネットが効果的に衝撃を吸収する正面衝突を前提にしている。ダメージを受けやすい車の側面に激突したり、より重量が軽い車に乗っていた場合は、危険性はさらに高まる。
関根准教授によると、研究のきっかけは、大分市の時速194キロ死亡事故(2021年2月)と危険運転罪の成否を扱った報道だった。条文は「進行を制御することが困難な高速度」と定義。車が車線に沿って安定して走行していたケースで適用されにくいという法解釈を知った。
関根准教授は「技術開発の進歩により、車の走行安定性は高まった。悲惨な事故を防ぐためだったのに、結果的に適用を妨げているとすれば違和感がある」と語る。
高性能であっても、タイヤと路面の接地面積が同じ以上、ハンドル操作やブレーキの利き方には限界がある。「安定性と安全性は分けて考えるべきだ」と強調する。
関根准教授は今月17日、北九州市で開かれた学術団体の大会で、論文の続編を発表した。
車が歩行者に激突した場合の危険性を新たに示し、ボディーの小さい軽乗用車であっても「時速80キロでぶつかれば、死亡・重傷率は80%に上る」と述べた。
法務省は9月末、生活道路(30キロ規制)を時速70キロ超で走行したケースなどに一律に危険運転罪を適用する数値基準案を公表した。
関根准教授は「危険運転罪の見直しは工学分野の研究者でも話題になっている。速度の危険性は数値化できる。議論の参考にしてほしい」と話している。