村山富市元首相が死去 101歳、大分県内初の総理大臣 自社さ連立政権、戦後50年「村山談話」

村山富市元首相=2006年4月

 元首相の村山富市(むらやま・とみいち)氏が17日午前11時28分、老衰のため大分市内の病院で死去した。101歳。同市浜町出身。旧社会党委員長だった1994年6月、自民、社会、新党さきがけの連立政権で、大分県内から初めての首相に就いた。戦後50年の95年には、日本の植民地支配と侵略を認めた「村山談話」を発表するなど憲政史に名を残した。
 明治大専門部政治経済科を卒業。大分県職員労働組合書記局に入った。大分市議、県議を経て、72年に衆院旧大分1区で初当選した。通算当選8回。旧社会党委員長の首相就任は47年ぶりだった。
 在任中は戦後処理問題の解決に積極的に取り組んだ。95年8月15日の終戦の日に「国策を誤り、植民地支配と侵略によってアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」などと、反省やおわびを明記した談話を発表。対アジア外交の基盤として引き継がれた。
 連立政権の枠組みの中で日米安保の維持、自衛隊合憲など社会党の基本政策を現実路線に転換した。被爆者援護法の制定、水俣病未認定患者の救済など戦後に積み残されてきた問題の解決にも尽力した。
 96年1月に退陣を表明。首相在任期間は561日だった。退任後は党名変更した社民党の初代党首となった。2000年の衆院選に出馬せず、政界を引退した。
 2006年春の叙勲で桐花大綬章を受章。大分合同新聞文化賞の特別賞を1997年に受賞している。
 首相経験者では102歳まで生きた東久邇宮稔彦(ひがしくにのみや・なるひこ)氏に次ぐ長寿だった。

■娘らが見守る中、眠るように
 最期をみとった社民党県連合元副幹事長の安部逸郎さん(67)によると、村山富市氏は誤嚥(ごえん)性肺炎で一時入院後、リハビリを兼ねて約1カ月前から再入院していた。17日午前に容体が悪化。2人の娘ら数人が見守る中、眠るように息を引き取った。遺体は午後3時ごろ、自宅に着いた。
 入院前は、家族と散歩ができるくらい元気があったという。
 通夜、葬儀は親族のみで営む。同党県連合と自治労県本部によると、お別れの会を後日、県内と東京で開く予定。

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