高速度の数値基準は一般道と高速道に分けて、それぞれ超過速度の案が二つずつ用意された。いずれも時速10キロの差を設けており、危険運転として処罰される範囲をどこまで広げるかが焦点になる。
数値の考え方には、7月の法制審第3回会合でヒアリングを受けた東京農工大の毛利宏名誉教授=自動車工学=の影響がありそうだ。議事録によると、ブレーキやハンドル操作で事故を避けられない危険なスピードについて、法定速度の1・67倍と言及している。60キロ制限の道路で40キロ超過すると、ちょうど同じ数字になる。
「法令で定めた速度の2倍以上」といった倍数の設定を推す意見もあったが、法制審委員の合間(かんま)利(とし)弁護士(54)=千葉県弁護士会=は7月の第4回会合で「(ドライバーが運転中に意識しているのは)倍数より何キロオーバーしているかではないか」と指摘。一般道と高速道を分けて、一定の超過速度を明示するべきだと主張していた。
素案には、数値基準に近い速度に限るとのただし書きを付けた上で、「重大な交通の危険を回避することが著しく困難な高速度」なら危険運転が成立するという文言も盛り込まれた。数値だけでは計れない悪質な事故を取りこぼすことに対する遺族らの懸念に配慮したものとみられる。
警察庁の統計によると、2024年に法定速度を50キロ以上オーバーして道交法違反で摘発されたのは全国で1万555人。30~49キロオーバーだと11万7495人に上る。
■車線に沿えば適用外、例多く
現行法が危険運転致死傷罪で罰する「高速度」は、必ずしも一般感覚に沿ったものではない。
大分市の時速194キロ死亡事故(2021年2月)では、法定速度を134キロオーバーしていたにもかかわらず、大分地検は当初、加害ドライバーに過失運転致死罪を適用した。
背景には、法律の表現の曖昧さがある。「進行を制御することが困難な高速度」という条件を満たす必要があり、危険運転が成立した典型例は「スピードを出し過ぎてカーブを曲がり切れなかった」事故だ。
車線に沿って進んでいたり、事故前の運転操作に特段の問題がなかったりすると、法定速度を86キロも上回っていた津市の時速146キロ5人死傷事故(18年12月)などのように適用されなかった裁判例も多い。
大分地検は起訴後に罪名を危険運転致死に切り替えたが、事故前の走行状況や現場の道路形状を綿密に調べるなど、立証に膨大な時間を費やした。