元社民党参院議員の梶原敬義(かじわら・けいぎ)さんが20日午後8時33分、誤嚥(ごえん)性肺炎のため大分市内の病院で死去した。88歳。通夜は22日午後7時から、葬儀は23日正午から、いずれも大分市大道町3丁目2の24の風之荘本館で。喪主は長男の茂樹(しげき)さん。
別府市出身。大分大経済学部卒。民間労組で労働運動に身を投じ、1983年の参院選大分選挙区に旧社会党から出馬して初当選した。村山改造内閣の大蔵政務次官、党参院議員会長などを歴任。2001年の落選まで3期を務めた。12年に旭日重光章を受章した。
■民間の労働運動に懸命、リストラには強い思い
梶原さんの訃報に21日、人柄をよく知る関係者からは悼む声が聞かれた。
社民党県連合の内田淳一元代表は「豪放磊落(らいらく)な人で誰からも好感を持たれた。保守の人とも話ができたので党の国対委員長もやった。大分の革新運動に一つの風を吹かせてくれた」としのんだ。同じく元代表の久原和弘氏は「民間の労働組合で一生懸命、運動に取り組んでいた。人がリストラされることに対する気持ちは人一倍強かった」と語った。