【終戦前後生まれ 体験と現在の思い】草野義輔さん「繰り返さぬため考えて」

昭和学園高理事長の草野義輔さん=6日、日田市

 終戦前後に生まれた世代は、戦争の影がなお色濃く残る時代に幼少期を過ごした。児童養護施設「光の園」(別府市)の運営に携わる高松右門さん(85)と、昭和学園高(日田市)の理事長を務める草野義輔さん(77)に、自身の体験と現在の思いを聞いた。

 父は日立製作所に勤めており、終戦時はインドネシアの工場に派遣されていた。敗戦後に捕虜になり、死刑という話も出ていたそうだ。現地の人と関係が良好だったため、嘆願されて帰国できたらしい。
 私は終戦から2年後に生まれた。戦時中のことは直接知らないが、軍人でもない父が捕虜になった経験を聞き、戦争というものの恐ろしさを感じた。
 幼少期を過ごした九重町では、進駐軍の米兵がジープやトラックで通ることがあった。米兵が配る菓子やお金を拾おうとして、母から「拾うな」と一喝されたこともある。誇りを失うなという思いからだろう。
 戦争経験者から直接、臨場感のある話を聞くと、それは私たちの中に残る。ただ、本当に経験していない私たちが同じ話を子どもたちにしても、それ以上の伝え方はできない。
 学園では社会科の教員として教壇に立っていた。特に世界史は、戦争の歴史を教えているようなものだ。人間は愚かなことをやってきた。繰り返さないために人間の知恵をどうやって生み出していくか。難しいが、考えていかなければならない。

 くさの・よしすけ 1947年生まれ。自動車メーカー勤務を経て、79年から昭和女子高(現昭和学園高)教諭、90年から理事長。

最新記事
【共生リアル―新たな隣人たち】大分県の日本人ムスリム㊦ 多様な価値観に触れ、問い直した末の信仰
26日は土用の丑の日、大分県内のウナギ専門店売れ行き好調 稚魚豊漁でお手頃価格、連日の猛暑も後押し
大分発博多行きソニックの車両に不具合 特急1本と普通2本に遅れ
大分県内の特別支援学校スクールバスで児童が車内に50分間取り残される 置き去り防止装置の運用不適切、業者と学校の情報共有も不十分
陸自別府駐屯地が陸曹長を停職処分 大分市内の宿泊施設で盗撮未遂