【空襲の記憶】8月4日 豊後森機関庫に機銃掃射

機銃掃射の弾痕が残る旧豊後森機関庫=7月30日、玖珠町岩室

 九州の交通網を偵察していた米軍の飛行隊が、久大線沿いに飛来。写真撮影の任務と並行して各地で駅や列車を攻撃した。
 北由布駅(現由布院駅、由布市)では、構内に積んでいたドラム缶が銃撃を受けて引火し、駅舎が炎上。2人が死亡した。
 現玖珠町にある豊後森機関庫は機銃掃射を浴び、3人が亡くなった。壁面には今も弾痕が残っている。
 このほか、現九重町や日田市天瀬町などでも空襲があった。
 (各種資料を基に、1945年の県内の空襲被害を掲載します)

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