大分市内で2021年2月に時速194キロで車を運転し、死亡事故を起こした男は運転免許を取得してほどない19歳だった。
昨年11月、大分地裁の裁判員裁判が終わった時には23歳になっていた。
「被告の責めに帰し得ない事情で、起訴から審理までの期間が長引き、不安定な状態に置かれ続けた」。危険運転致死罪で男に懲役8年を言い渡した辛島靖崇裁判長は、判決理由の中で事故から一審判決までに3年9カ月を要した事実に触れた。異例の言及だった。
検察側の求刑12年に対して4年少ない刑を選んだのは、こうした事情を酌んだためとみられる。
裁判開始までに時間がかかった背景には、検察側と過失運転を主張する弁護側が全面的に対立したことがある。互いに考えられる限りの準備を尽くした結果だった。
「法のプロ」であっても、何が危険運転とみなされるのかは手探りの部分が大きい。被告の弁護人は法廷で「この事件で不幸なことは、一般的な日本語表現と、法の文言の解釈が異なることだ」と述べた。
「故意犯」として裁く危険運転の捜査では、加害ドライバーの「供述」を引き出すことが重視される。自身の運転を危険だと自覚していなければ、罪に問えないからだ。
15年4月、千葉市で赤信号無視の車が出合い頭にバイクの男性と激突し、死亡させる事故があった。千葉県警は車を運転していた男を危険運転致死で立件するため、赤信号に気付いたタイミングを捜査。「停止線の39メートル手前で信号を認識しており、止まることができた」とする実況見分調書を作成し、見落としではなく「故意」に無視したと結論付けた。
千葉地裁で公判が始まると、弁護側は、男が県警の聴き取りを受けた際に録音していた音声データを証拠として提出。信号に気付いた地点を問われて「分からない」と話す男と、「この辺りでしょう」と誘導しようとする捜査員とのやりとりを明らかにした。
地裁は、根拠となる事実の信頼性が揺らいだ危険運転罪を退け、過失運転を選択した。
菅野亮(すげの・あきら)弁護士(51)=千葉県弁護士会=は「都合のいい供述への誘導が起こりかねず、録音を取るよう助言した」とした上で、法の欠陥を指摘する。
罪を「ことさらに赤信号を無視する」と定めている条文に対し、「ことさら、という表現が何を意味するのか不明瞭で、捜査機関も無理をしてしまうのではないか」と懸念する。
赤信号無視の運用実態を巡っては、疑問視する意見が相次いでいるものの、今回の法制審議会では見直し対象から漏れた。
被害者、加害者、捜査機関…。危険運転罪が内包する「ゆがみ」は多くの人を惑わせ、苦しめてきた。
「反社会的な運転を許さない」として整備した法も、機能しなければ意味がない。被害者遺族は「放置されてきた問題が、ようやく正されようとしている」と法改正に期待を寄せる。
積み重なった刑事司法への不信を拭い去るためにも、現実のうめきに耳を澄まし続けなければならない。