【問う 時速194km交通死亡事故】法のジレンマ① 危険運転罪の運用「一般感覚と大きなギャップ」

法制審刑事法部会の第1回会合に臨む波多野暁生さん(左端)=3月31日、東京・霞が関

 「危険運転致死傷罪の運用は、一般感覚と大きなギャップがある。解消につながる議論を期待したい」
 東京・霞が関の法務省で3月31日に始まった法制審議会の刑事法部会。委員10人のうち、ただ一人、悪質な交通事故の被害者遺族として参加した東京都の波多野暁生さん(47)は、居並ぶ法律の専門家たちに訴えた。
 長女・耀子さん=当時(11)=は5年前、赤信号で交差点に突っ込んだ軽ワゴン車にはねられて亡くなった。危険運転の成立を争った東京地裁の裁判員裁判では、加害ドライバーが信号をうっかり見落としたのではなく、意図的に無視したことを検察側が立証する必要があった。
 最終的に危険運転が認められたが、波多野さんは釈然としない思いが残った。
 「優秀な検事が担当し、危険運転に精通した代理人弁護士に出会えたことが大きかった。役者がそろわなければ適用されないような法律はおかしい」

 法制審は、政府が法律の制定や改正を検討する際に識者らの意見を求める法務省の付属機関だ。危険運転罪は、「進行を制御することが困難な高速度」「アルコールの影響で正常な運転が困難」といった曖昧な条文が問題視され、見直し検討の対象になった。
 大分市で2021年2月に起きた時速194キロの車による死亡事故は象徴的なケースといえる。法定速度(時速60キロ)の3倍を超えるスピードだったが、大分地検は車が真っすぐ走行できていたことを重視。「制御困難」には当たらないとして、当初は危険運転の適用を見送っている。
 納得しなかった遺族は署名運動を展開。賛同の広がりを背景に、地検の方針は覆った。

 「抽象的な条文が危険運転に当たるかどうかの判断を難しくしている」と批判の声が上がる中、法制審の論点は「数値基準」の導入に絞られてきた。事故を起こした際、スピードや体内アルコール濃度が一定のレベルに達していれば、例外なく危険運転罪を適用できるという考え方だ。
 例えば、高速度事故なら道路ごとに定められた最高速度の「○倍以上」といった表現が想定される。制限速度50キロの一般道の場合、「1・5倍」なら75キロ以上、「2倍」なら100キロ以上となる。
 法務省が5月中旬に公開した第1回会合の議事録を見ると、数値基準を前向きに捉える委員も多い。
 長く被害者支援に取り組んできた合間利(かんま・とし)弁護士(53)=千葉県弁護士会=は「便利な道具である車の危険性が広く理解され、悲惨な事故がなくなることにつながってほしい」と述べた。
 捜査機関から選出された山口地検の丸山嘉代検事正も「収集するべき証拠が明確になり、検察官としても判断の揺らぎが少なくなると期待できる」と発言した。

 × × ×

 曖昧な運用が繰り返されてきた危険運転致死傷罪が転機を迎えている。悲惨な事故の抑制を目指した法の網は、なぜ悪質な運転を捉えきれないのか。危険運転罪の四半世紀の歩みは、人を裁くことへの葛藤の歴史でもあった。

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