【問う 時速194km交通死亡事故】遺族の涙(5) 「被害者の会」と共に、思いくんだ法改正願う

記者会見に臨む「高速暴走・危険運転被害者の会」の長文恵さん(左奥)と佐々木多恵子さん(右奥)=3月、東京地裁

 3月28日。長(おさ)文恵さん(59)は東京・霞が関にいた。全国の交通事故被害者の遺族らでつくる「高速暴走・危険運転被害者の会」の共同代表として、東京地裁の記者会見場に向かった。
 時速194キロの車が長さんの弟の命を奪った大分市の事故をきっかけに、加害者を危険運転罪で裁くことの難しさが世間に広まった。常識外のスピード違反やひどく酔った状態での運転など、明らかに「危険」であっても「過失」とされるケースへの異議の声が各地で上がる。
 どこからが危険運転なのか―。数値基準がない現状に対し、鈴木馨祐法相は超過速度や体内アルコール濃度で明確に線引きをする法改正を視野に、法制審議会に諮問している。
 被害者の会は数値の設定に賛成の立場だ。会見に臨んだ長さんは「今は遺族が声を上げ、長い時間をかけて闘わなければ危険運転が認められない」と理不尽さを訴えた。

 「被害者の会」は2023年7月に結成された。速度超過や飲酒による事故の遺族は6都県の9人が参加。交通問題に詳しい弁護士4人も加わった。
 長さんと一緒に共同代表に選ばれた佐々木多恵子さん(60)はその5カ月前、交通事故で夫(63)を失った。現場は栃木県宇都宮市の国道で、猛スピードの車が夫のバイクに追突した。
 宇都宮地検は23年3月、加害ドライバーの男を危険運転ではなく、過失運転致死罪で起訴。翌月には初公判を迎えた。
 ショックを受けた佐々木さんは検察を動かした先例として大分の事故を報道で知った。遺族の長さんと連絡を取り合うようになり、会の設立メンバーになった。
 会として、初めての活動は佐々木さんの支援だった。署名集めなど精力的な取り組みの末、初公判から1年半後の昨年10月、宇都宮の裁判の罪名は危険運転致死に切り替わり、今後、審理が始まる。

 2021年2月に弟を亡くしてから、長さんは苦しみの中にいる。3年9カ月を経て大分地裁で危険運転が認められたが、次は福岡高裁での控訴審が待ち受ける。
 それでも、最近は「私は恵まれている方かもしれない」と口にするようになった。各地の遺族と知り合っていなければ、法律の知識がない自分は声を上げられなかったと思う。だからこそ、被害者の会の活動を大切にしている。
 「法や捜査機関を恨んだ自分たちと同じ思いをしてほしくない」。法改正は当事者の思いをくんだ形で進むようにと願う。
 3月31日。危険運転罪の行方を決める法制審議会が始まった。

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